最新記事

5G

ファーウェイを排除してもメリットなし、5Gが遅れるだけ

Blocking Huawei from Australia means slower and delayed 5G – and for what?

2019年5月28日(火)16時20分
ミシャ・ケッチェル(豪ラトローブ大学研究員)

中国の習近平国家主席に会社を案内するファーウェイCEOの任正非 Matthew Lloyd

<安全保障上の懸念を理由に5G計画からファーウェイを締め出した政府の決断が消費者にもたらすのはサービス遅延やコスト増などマイナスの要素ばかりでは?>

アメリカとオーストラリアは、中国の通信機器大手「華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)」の製品を自国の電気通信網から意図的に締め出している。

こうした規制には、安全保障上の意義があるとされている。だがファーウェイは既に通信インフラの至る所に入り込んでいるし、サイバーセキュリティ―が心配なら規制以外の手段もある。

最終的に、オーストラリアによるファーウェイ規制の直接的な影響を感じることになるのは消費者だ。彼らは5G以下の通信速度とサービス展開の遅れで満足しなければならなくなる。2020年以降は、おそらくファーウェイ製のスマートフォン上でグーグル・プレイを利用することもできなくなるだろう。

5Gは、とりわけ人口密度の高い地域での高速通信を約束する無線通信ネットワークだ。オーストラリアでは現在、一部の商業地区で限定的に利用が可能で、政府は2020年頃までに5G通信網を本格的に普及させたい考えだ。

その最高通信速度は1秒あたり10ギガバイトと、4Gの20倍にのぼる。これは4Gなら何分もかかっていた映画のダウンロードが、ものの数秒でできることを意味する。携帯電話やゲーム機、スマートテレビとの通信にかかる時間は4Gだと30ミリ秒だったのが、5Gなら1ミリ秒しかかからない。

10年以上前から4Gサービスに携わる

世界最大手の通信機器メーカーであるファーウェイは、この5G市場をめぐる競争をリード。競合のノキアやエリクソンよりも約12カ月、先を行っている。

ファーウェイは2004年以降、オーストラリアにおいて3Gおよび4Gのサービス提供に携わってきた(ボーダフォンとオプタスと提携。テルストラとNBNとは提携していないと報じられている)。エネルギー大手サントスのプライベート4Gネットワークを構築し、西オーストラリア州とニューサウスウェールズ州では鉄道サービス用のデジタル通信システムを構築した(ラジオ塔や基地局が含まれるが、コア・ネットワークは含まれていない)。

だがファーウェイは2018年8月にオーストラリアから、2019年5月にはアメリカから、今後の通信ネットワーク構築への参入を禁じられた。ファーウェイ製品によるインフラ構築を行なえば、中国政府が諸外国の諜報や機密情報を収集し、妨害工作を行いかねないという懸念があるからだ。

オーストラリアの電気通信網は既に、2018年8月に政府が発表した通信部門安全保障改革の影響を感じている。

一連の改革は「通信会社に対して、我が国の安全保障に危害をもたらす可能性のある不正な介入やアクセスから、オーストラリアのネットワークを守ることを義務づけて」いる。各企業に対して、ファーウェイ製品の使用はサイバーセキュリティ―法違反にあたる可能性があることを効果的に知らしめたものだ。この通知後もファーウェイ製品の使用を続ければ国の安全保障に危険をもたらす可能性があるとして、訴追や風評被害のリスクも負うことになる――。

もちろんどの企業も、そんな立場に立たされることを望んでいない。その結果、オプタスやボーダフォンのような複数の企業が、2016年から取り組んできた5Gの試験や展開計画についての再交渉を余儀なくされた。オプタスは既に5Gサービスの提供開始を延期することを決定している。

多くの通信事業者は、ネットワーク構築や試験にノキアやエリクソンなどそのほかのメーカーも使用している。だがこれらの企業の5G設備の品質がファーウェイに追いついていないことは、ヨーロッパの例から見ても明らかだ。

他社への切り替えや高品質サービスの開始遅延に伴うコストは、まず各携帯電話会社が吸収し、最終的には消費者に転嫁されることになる。現在NBNの通信サービスに不満を抱いている消費者は今後、5Gサービスの開始をさらに待たされる上に、その料金がさらに値上がりする可能性があるのだ。

豪政府のセキュリティー対策で十分では?

ファーウェイ製の携帯電話を好む消費者には、ダブルパンチが待っている可能性もある。グーグルが先日ファーウェイ端末へのサービス提供を一部停止したことで、これらの顧客は今後、グーグル・プレイ(アンドロイド端末向けのアプリストア)にアクセスできなくなる可能性がある。

中国がインターネット上で、諸外国の諜報収集活動を活発化させていることは周知の事実だ。だがファーウェイがそれを支援してきたかどうかは疑わしい。イタリアでファーウェイ製品の安全上の欠陥が検知されたが、バックドアが原因ではないとされている。

ドイツでは幅広い規制を導入し、5G通信網のサプライヤは信頼できる事業者で、国内法の下で確実に情報保護を行わなければならないものと定めた。

オーストラリアが同様のアプローチを取るためには、各事業者に対して通信機器の導入前に試験を行い、導入後も定期的に試験を実施することを求める必要がある。政府はサイバーセキュリティ―向上のために1億5600万ドルの拠出を確約している。これはサイバー攻撃を防ぐためのスキル開発や、豪サイバー・セキュリティー・センターの能力向上を目指す取り組みで、2020年末の5Gサービス開始に合わせて発表された可能性がある。

加えて、2018年に成立した援助および傍受法(一般に反暗号化法と呼ばれている)は、全ての通信機器メーカーに対して、自社ネットワークの保護と、国家安全保障・法執行当局への協力を義務づける内容だ。ファーウェイも、この法的義務の影響下にある。

5Gをめぐって安全保障上の懸念があるならば、その懸念は、ファーウェイが既に10年以上前からオーストラリアに設置しサポートを提供してきた4G関連の製品についてもあるはずだ。オーストラリアの5G通信網からファーウェイを締め出すことで、私たちに何の得があるのかが不透明だ。

(翻訳:森美歩)

The Conversation

Stanley Shanapinda, Research Fellow, La Trobe University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


20250408issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月8日号(4月1日発売)は「引きこもるアメリカ」特集。トランプ外交で見捨てられた欧州。プーチンの全面攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P500・ダウ反発、大幅安から切

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、トランプ関税発表控え神経質

ワールド

英仏・ウクライナの軍トップ、数日内に会合へ=英報道

ビジネス

米利下げ時期「物価動向次第」、関税の影響懸念=リッ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中