最新記事

中国経済

中国、キャッシュレス先進国ゆえの落し穴──子の借金が親に降りかかる

2019年5月16日(木)18時40分
片山ゆき(ニッセイ基礎研究所)

例えば、「友達のスマホを不注意で壊してしまった。修理代として現金で3,000元(およそ5万円)が必要」となった女子大生のケース2。本人は現金収入がないため、ネットのレンディングで3,000元をこっそり借りた。その後15ヵ月の間、その債務は55社間で違法に譲渡が繰り返され、気づいたときには69万元(1,100万円)にまで膨れ上がってしまった。両親は驚いて自宅を抵当に入れ、借金をして58万元を準備したものの11万元足りない。違約金や延滞金がかさむ中で本人が自殺未遂をしたことから、両親が公安当局に伝えるに至り、事件が明るみになった。

また、就活生に、優良企業への入社をチラつかせながら、高額な研修費を支払わせるためにレンディングを誘導するケース。更に悪質な場合は、貸付に際してスマホに保存している本人や同級生の個人情報を提供させ、支払いが遅れたらその個人情報で本人を脅すケース。また、個人情報の替わりに本人の写真を送らせて、写真を拡散するとして脅すケースなど、その手法は枚挙にいとまがない。ケースによっては本人が将来を悲観して自殺したり、家族の一家離散にまで発展しており、中国ではすでに社会問題となっている。

現金拒否を是正する動きも

当然のことながら、貸し手の方に多くの問題があり、政府も違法な業者を取り締まるなどの対策は行っている。しかし、キャッシュレス化にともなう利便性、スピード感、普及度ばかりが追求され、それを活用する側のリテラシーの育成を置き去りにしたままでは、そのしわ寄せは、若者や高齢者など社会的な弱者に向かってしまう。

高齢者には劇的な変化に追いつけず'取り残されるリスク'があるが、上掲の大学生の場合には'利用できてしまうがゆえの落し穴'がある。しかも、返済などの一切の履歴は一生記録され、経済圏内の信用偏差値に反映される。

更には地方政府が実施する信用評価システムと連動し、今後の就職、結婚、子女の入学、住む場所など様々なライフイベントに決定的な影響を与えてしまう可能性さえある。

キャッシュレス化は、脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)などの防止に役に立ち、新興国ではその効果も大きいであろう。しかし、何もかも一気に進めようとすれば、そこには必ず歪(ひずみ)が出る。翻って、中国では店舗の現金受け取りお断りを禁止するなど、行き過ぎたキャッシュレス化を緩和する動きもある。

「キャッシュレス先進国」から学ぶべきことは何か。成功例のみならず、それによってどのような歪が発生したかにこそ、後を追う日本により多くの示唆があると思う。

――――――――
2 2019年3月6日付、今日頭条、「毀掉一名大学生、只需要3000 块」、https://www.toutiao.com/i6665159476804321805

*この記事は、ニッセイ基礎研究所レポートからの転載です。

0218katagyama.jpg[執筆者]
片山ゆき
ニッセイ基礎研究所
保険研究部准主任研究員・
ヘルスケアリサーチセンター兼任

ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月25日号(11月18日発売)は「世界も『老害』戦争」特集。アメリカやヨーロッパでも若者が高齢者の「犠牲」に

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

エヌビディア、第4四半期売上高見通しが予想上回る 

ビジネス

米ターゲット、既存店売上高3期連続マイナス 経営改

ワールド

トランプ氏、支持率低下認める 「賢い人々」の間では

ワールド

イスラエル軍、レバノン南部への攻撃強化 「ヒズボラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 6
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 9
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 7
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中