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イスラエル総選挙

イスラエル総選挙:中東和平支持の中道勢力がタカ派与党に敗れた訳

The Generals Ran a Campaign Devoid of Substance

2019年4月11日(木)18時13分
ガイ・ジブ(アメリカン大学スクール・オブ・インターナショナル・サービス助教)

「青と白」会派を率いたガンツ元軍参謀総長(左)と5期目続投を確実にしたネタニヤフ首相 Amir Cohen—REUTERS Ariel Schlaft—REUTERS

<接戦の末の惜敗で、2国家共存によるパレスチナ問題の解決は永遠に失われたかもしれない。中道会派を率いた元将校たちが、ネタニヤフの強硬策に対するリアルな安全保障の代案を示さなかったからだ>

4月9日に実施されたイスラエルの総選挙では、現職のベンヤミン・ネタニヤフ首相率いる右派勢力が接戦を制し、中道勢力はみすみすチャンスをつぶした。

この選挙の最大の皮肉は、元将軍たちが打倒ネタニヤフを掲げて今年2月に結成した新会派が、自分たちの専門である安全保障政策を前面に出さず、勝てるはずの戦いで惜敗を喫したことだ。

安全保障は長年、イスラエル政治の中心的な課題であり続けてきた。新会派を率いる元軍人たちが最も主張したかったのもこの問題だろう。これまで、ネタニヤフの国防政策を最も声高に批判してきたのも元将校と情報機関の元トップから成る専門家グループだった。

元司令官たちが安全保障を語れば、有権者は耳を傾けるはずだ。にもかかわらず、彼らは現政権の政策、とりわけパレスチナ問題へのタカ派的な対応に代わる現実的な代案を出さなかった。彼らが率いる中道会派「青と白」がこの問題を争点にしなかったため、今回の総選挙もまた、ネタニヤフの人格に対する信任投票と化してしまった。

元将軍たちは、左右両派を巻き込んだ新たな中道勢力をまとめ上げ、ネタニヤフ率いる右派陣営にとって代わろうとしたが、それは叶わなかった。

専門の安全保障で政策論争を避ける

イスラエルでは国防軍は最も国民に尊敬される組織であり、退役した軍将校が政界入りを目指すのはよくあることだ。

歴代の12人の首相のうち3人、イツハク・ラビン、エフド・バラク、アリエル・シャロンは退役将校で、ほかにも多数の元軍人が政界で活躍してきた。

とはいえ、現職首相を倒すため、元将軍3人が手を組むのは、イスラエルでも前代未聞のことだ。その3人とは、ベニー・ガンツ元参謀総長、モシェ・ヤアロン元参謀総長・元国防相、そしてガビ・アシュケナジ元参謀次長である。

この顔触れだけでは幅広い層の支持をつかめないと思ったのか、彼らは自分たちの会派「青と白」の共同リーダーに、ニュースキャスター出身で有権者におなじみのヤイル・ラピッド元財務相を迎え入れた。ラピッドはパレスチナ問題に対する見解をあいまいなままにしてきた政治家で、そのため「青と白」会派も明確な政策を打ち出せず、実質的な政策論争を欠いた選挙戦を展開することになった。

新会派はパレスチナ問題の解決策としての「2国家共存」など重要な争点を慎重に避け、ありきたりの公約を並べたばかりか、ドナルド・トランプに倣って「イスラエル・ファースト」をスローガンに掲げるありさまだった。

ネタニヤフは選挙戦の最中に手痛いダメージを被った。イスラエルの検察が2月末、収賄や詐欺など3件の容疑でネタニヤフを起訴する方針を発表したのだ。

中道右派を引き込めず

「青と白」はネタニヤフの人格的な欠陥と汚職疑惑に焦点を絞り、イスラエルの伝統的な左派政党である労働党とメレツ党から中道左派の票を奪うことには成功したが、ネタニヤフ陣営内の中道右派を引き込むことはできなかった。

敗因は、ネタニヤフのタカ派政策に代わる首尾一貫した代案を出せなかったことにある。

「青と白」に流れたのは左派陣営の中道派の票だけだ。今回の総選挙で労働党とメレツ党は大敗を喫した。特に労働党の得票率は史上最低まで落ち込んだ。

確かに、元将校たちにとっても、ネタニヤフ率いる与党リクードを倒すのは生易しい業ではない。

右派陣営は長年、イスラエル政治を支配してきた。その背景にはいくつかの要因がある。2000年秋に始まった第2次インティファーダ(パレスチナ民衆蜂起)とそれに続くイスラエルとパレスチナの衝突、2005年にイスラエルがガザ地区から一方的に撤退した後に起きたさらなる衝突(今も続いている)、長年にわたり繰り返されたが不毛に終わった和平交渉。こうした状況下で、多くの国民が望むのは自分たちの安全を守ってくれる政権だ。

実際、選挙前の世論調査では、イスラエルのユダヤ人の40%が右派政権の存続を望み、中道右派政権の発足を望む人は25%、右派左派を巻き込んだ中道政権を望む人は16%で、中道左派か左派政権を支持する人は最も少なく、15%にすぎなかった。

それでも今回の選挙は、イスラエルの野党が長年尻込みしていたこと、つまりタカ派に代わる明確な代案を示すチャンスだった。

「ユダヤ国家の存立が危うい」という脅し

ネタニヤフは通算4期13年政権の座に居座ってきた。ネタニヤフ時代に育ったイスラエルの若年層は、パレスチナ問題に対するタカ派的なアプローチしか知らない。彼らはネタニヤフが語るストーリー、つまり和平が実現しないのはパレスチナ人のせいだ、という見方しか聞いたことがない。

当然ながら、イスラエル民主主義研究所が選挙前に実施した調査では、18〜24歳の有権者の圧倒的多数がより穏健なガンツよりも、ネタニヤフを支持していた。これは65歳以上の有権者とは正反対の傾向だ。

ガンツらが代案を出さなかったおかげで、ネタニヤフは安全保障に強い「ミスター・セキュリティー」のイメージをまんまと維持しきったばかりか、ガンツらを守勢に追い込むこともできた。中道勢力が政権を握れば、パレスチナ国家の樹立が容認され、その結果「ユダヤ国家の存立が危うくなる」と有権者を脅したのだ。

軍と情報機関の元幹部らから成る防衛専門家グループは長年、ネタニヤフとは正反対の議論を展開している。

イスラエルが「ユダヤ国家」および「民主国家」として存続するための唯一の解決策は、パレスチナ国家の樹立を認める「2国家共存」である──「平和と安全保障協会」、さらに最近では「イスラエルの安全保障のための司令官たち」など、いくつかの権威ある防衛シンクタンクがこう論じており、多数の元将校や情報機関の元トップもこの見解を支持している。

永遠に失われる?2国家共存

ガンツらが2国家共存という解決策を具体的に示さなかったおかげで、ネタニヤフは現状の入植政策、つまり反対派の言う「じわじわと併合を進める」政策から、極右が主張する「占領地の全面的な併合」へと大胆に踏み込むことができた。

かくてネタニヤフは投票日の3日前、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地をイスラエルに併合する計画を発表した。右派の支持を固めるためだ。

もしガンツらが入植地の併合はイスラエルの国益を脅かす恐れがあると主張していたら、ネタニヤフもここまで強気の発言はできなかったはずだ。

ネタニヤフは2009年6月に行った演説では2国家共存を支持していたが、その後に約束を取り下げた。もしも入植地の併合が実施されたら、2国家共存は永遠に葬り去られることになる。

最近の選挙でリクードを率いる現職首相に勝った元軍人は、1992年のラビンと1999年のバラクだ。2人とも現職の政策に対する明確な代替案を提示して有権者の支持をつかんだ。国民の安全を守るには何が必要かを堂々と論じて、中道左派政権を樹立できたのだ。だが左派が絶滅寸前に追い込まれた今日では、このシナリオは実現不可能だ。

Guy Ziv, Assistant Professor, American University School of International Service

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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