最新記事

パレスチナ支援

トランプ政権の支援停止決定で、国連のパレスチナ難民支援機関が財政危機に

2018年9月1日(土)12時00分
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

中東和平を進めると公言しながら、思うようにならない腹いせか

トランプ政権は、表向きはこれらの支援差し止めを「より優先度の高い目的に使うため」の予算の振替と説明し、政治的な意図を否定している。だがこうした資金停止が、パレスチナ側に対する締め付けとして圧力をかけているのは明らかだ。

トランプ大統領の大使館移転発言を受けて、それまでパレスチナ自治政府で和平交渉の窓口の役割を果たしてきたファタハのアッバース大統領は、アメリカとの交渉に応じない立場に転じた。そうしなければアッバース大統領は、それでなくても脆いパレスチナ・コミュニティ内での支持を完全に失うことになるからだ。

他方でアメリカは、イスラエルの存在を否定するハマースとは、にわかに表立って交渉を始められない。中東和平を進めると公言しながら、思うようにならない腹いせに、トランプ政権はUNRWAに対する支援打ち切りという形で懲罰を加えているに過ぎない。

今年に入りアメリカは、UNRWAの事業そのものに対しても繰り返し不満を表明してきた。トランプ政権の政府高官は8月5日のイスラエル紙ハアレツのインタビューで「UNRWAの事業自体が、問題を永続化させ難民危機を悪化させている」と発言している

事業を改善させるには、登録されたパレスチナ難民の数を現行の10分の1に減らす必要があると主張し、ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問は6月のヨルダン訪問の際、ヨルダン在住の200万人超のパレスチナ難民の登録と支援を取りやめるよう圧力をかけたと報じられている

ニッキー・ヘイリー国連大使は、8月の支援停止の発言の直後、国連はイスラエルに対して偏見をもっていると批判した。さらに国連総会決議194号で認められているパレスチナ難民の帰還権について、議論の見直しを迫ることを示唆してもいる。

パレスチナ難民の深刻な人道的危機と地域的混乱

これらの動きを通してトランプ政権はUNRWAを解体し、難民問題の消滅を狙っているとする評価もある。そうして和平交渉をイスラエルに有利に導くのが目的ともいわれるが、結果として導かれるのは、パレスチナ難民の深刻な人道的危機と地域的混乱だけだろう。

UNRWAの支援対象者のうち半数近いパレスチナ難民が住むヨルダン川西岸地区とガザ地区では、国連または居住地域を管理するイスラエル以外にその保護を行い得る主体は存在しない。だが、イスラエル政府が彼らの保護を請け負う可能性は、限りなく低いと言わざるを得ない。ただちに人道的な危機が生じるのは火を見るよりも明らかだ。

国際社会がその責を担うなら、これまで数十年にわたり責務を果たしてきたUNRWAを通して支援を継続する方が、はるかに効率的だ。UNRWAの解体は、500万人以上のパレスチナ難民に対する支援の混乱を招くばかりである。公正な問題解決への提案以外でパレスチナ難民が帰還権を放棄することはあり得ず、難民問題が消滅することはない。

日本政府はこうした事態を受けて、6億円の緊急資金援助を行うと発表している。資金はUNRWAの中でも最も優先順位の高いガザ地区での食糧支援に充てられる予定だ。いわばアメリカの支援の一部を肩代わりしているともいえよう。もとより日本はUNRWAに対する支援に積極的で、2015年度の日本の拠出金額は、アメリカ、EU、イギリスなどに続く第7位であった

アメリカが政治的圧力としてUNRWAへの締め付けを強めている以上、支援の継続は日本の政治的立場を問われる可能性もある。とはいえ経済封鎖下でガザ地区の多くの人がUNRWAによる支援に頼り生活をつなぐ中、資金援助は人道的に不可欠な手段だといえる。アメリカの中東和平交渉における立場や提案の帰趨が不透明なものにとどまる中で、パレスチナ難民はその命運を政治的な天秤にかけられているといえる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

東京海上、クマ侵入による施設の損失・対策費用補償の

ワールド

新興国中銀が金購入拡大、G7による凍結資産活用の動

ワールド

米政権、「第三世界諸国」からの移民を恒久的に停止へ

ワールド

中国万科をS&Pが格下げ、元建て社債は過去最安値に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中