最新記事

フランス

W杯フランス代表が受け継ぐリリアン・テュラムのDNA

2018年7月13日(金)18時17分
広岡裕児(在仏ジャーナリスト)

もはや「ブラック・ブラン・ブール」はただの古き良き思い出になってしまった。もう少し後のことだが、サッカー連盟の中で黒人やアラブ系の比率を制限すべきだという声が上がり、マスコミへの内部告発で中止になったこともある。

2005年11月には全国の郊外団地で暴動が起こり、非常事態宣言まで発令された。そのとき、「治安の悪さをいうまえに社会的正義を語らなければならないだろう」と激しく批判したのがテュラムだった。テュラムも貧しい移民の子があつまるパリ郊外の団地で育った。サルコジ内相は、テュラムは当時としては最高の移籍金でユベントスに所属しており「もう郊外に住んでいない。イタリアで高給を貰って安楽に暮らしている」と反論した。

だが2008年、テュラムは「リリアン・テュラム・反人種差別教育財団」を設立した。財団の公式ホームページにはこうある。

「私たちは人種差別主義者として生まれるわけではない、そうなってしまうのです」

「人種差別主義は知的、政治的、経済的につくられるものです。私たちは、歴史が、世代から世代へと黒人、白人、マグレブ人、アジア人などと見るように条件付けてきたことを認識しなければなりません」

「私たちの社会は、肌の色や性別・宗教・性的指向が、知能・話す言語・身体能力・国籍・好き嫌いを決定するのではない、というまったく簡単な考え方をふつうのこととしてもたなければなりません」

「人は最悪のことも最高のことも、何でも学ぶことができます」

偽善者と呼ばれても

テュラムには、「億万長者が教訓を垂れている」「白人に媚びるスーパーアンクルトムだ」という批判もある。本人は強く否定しているが、1998年に優勝した時にロッカールームで「ブラックだけで記念写真を撮ろう」といった偽善者だという噂も消えない。前夫人との離婚ではDVの疑いもかけられ泥試合にもなった。

だが、彼の活動は真摯である。人類学者、弁護士、遺伝学者、博物館学者、社会学者、政治学者、外交官、歴史家、心理学者などを集めた科学委員会をつくり、出版、討論会、展覧会、対話の会などで人種差別に反対する教育活動をつづけている。

テュラムはもっとも突出した例だが、このような活動をする例がフランスのサッカー界では多い。ジダンも麻薬売人が銃撃戦をするほどに荒れてしまったマルセイユの団地にポケットマネーでサッカーチームをつくって社会教育をしている。

先日、準決勝のベルギー戦のあと、シャンゼリゼをはじめフランス中で人種や出自に関係なく人々は歓喜を分かち合った。「ブラック・ブラン・ブール」が復活した。

ちなみに、サンクト・ペテルスブルグでコーナーキックからヘディングを決めたのは黒人DFウムティティだった。

hirooka-prof-1.jpg[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア海軍副司令官が死亡、クルスク州でウクライナの

ワールド

インドネシア中銀、追加利下げ実施へ 景気支援=総裁

ビジネス

午前の日経平均は小幅続伸、米株高でも上値追い限定 

ビジネス

テスラ、6月の英販売台数は前年比12%増=調査
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 8
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 5
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 6
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中