最新記事

丸ごと1冊 金正恩

経済は「高成長」中? 北朝鮮市民、制裁下の意外な暮らしぶり

2018年2月9日(金)14時40分
前川祐補(本誌記者)

Damir Sagolj-REUTERS

<国際社会から制裁を受けながらも実は貧しくない? 内部事情に詳しい専門家に聞く金正恩の「資本主義政策」とは>

核・ミサイル開発の代償として国連から経済制裁を科されている北朝鮮。ただ韓国銀行の推計によると、2016年のGDPは前年比3・9%増と「高成長」だった。実際、90年代に見られた飢餓的状況はあまり伝えられなくなっているが、現在の北朝鮮市民の暮らしぶりはどうなのか。デイリーNKジャパンの高英起(こう・よんぎ)編集長に、本誌・前川祐補が聞いた。

(*ニューズウィーク日本版SPECIAL ISSUE「丸ごと1冊 金正恩」から記事の一部を抜粋)

――北朝鮮の食糧事情は?

かなりよくなっており、それは米価格が安定していることで分かる。毎年の収穫ができている上にインセンティブ制度が取り入れられているので、ある程度作ればあとは自分たちが好きに(販売)できる。その仕組みが奏功している。金正恩(キム・ジョンウン)時代の経済政策はある程度うまくいっていて、それは認めざるを得ない。市場で自由に売買させているのだが、認めるというか黙認している。もちろん、当局が管理料を召し上げているが、それも相当な金額だろう。

――北朝鮮のビジネスはどこまで許可されているのか。

基本的な商取引は明文化されているわけではない。社会主義国家なので私企業を作ることはできないが、党や軍の機関に看板をもらい、その傘下で商売をやっているということにすれば建前はクリアできる。

(17年11~12月に日本海で漂流・漂着が相次いだ)漁船はよい例で、あれが工作船というのは全くの嘘で、経済事情が悪いから海に出ているという情報も嘘。単純にイカが儲かるためで、一儲けを狙った漁師が漂流しただけ。実際、6~7月と10~11月というイカ漁の時期だ。イカは保存がきくので需要が高く、特に中国では北朝鮮産のイカはプレミアム扱いされている。

――なぜ北朝鮮政府は商取引を「放任」し始めたのか。

結局、党の人間は経済のことなど分からない。実際、09年にデノミを行って大失敗し、責任者が処刑された。北の当局にとって大きなショックだったが、デノミの失敗は事実上、北の敗北宣言だ。つまり、もう資本主義経済には敵わないという「降参」。その後、経済は管理するよりも自由にやらせて、そこからのアガリを取るほうが得だとの考えに変わりつつあると思う。正恩の父親の正日(ジョンイル)は、基本的に遮断された空間での資本主義や市場経済を目指し、締め付ける考えだった。それが失敗して、現政権は今の方式に変えた。

――他にはどのようなビジネスが?

分かりやすいのは中朝国境で行われる日用品の売買で、例えば衣服などが代表的だ。北では全く衣服の生産が追いついておらず、一時期は中国の古着が人気だった。今では新品も売買されるが、日本企業が中国に進出した影響もあり中国産の品質が高まっている。平壌だけでなく地方に暮らす人の服装が格段に綺麗かつカラフルになっており、着飾る余裕が生まれている。地方では女性が髪を染めている人をよく見るが、珍しいことではない。シャンプーやリンスなども、闇市に行けば中国産の商品がずらりと並んでいる。国境地帯はかなり前からそうだが、平壌でもそうした光景が見られる。

(中ロとの国境地帯にある羅先市の海鮮市場の様子を動画で見ながら)

全体的にはみすぼらしいが、日本の地方の閑散とした街よりずっと活気がある。売り子のおばさんたちはバタくさいけれど、太っているし顔色もよくパーマをあてたりしている。歯も綺麗。彼らは特別いい身分というわけではなく、平均的な市民だ。

ここには中国のバイヤーが買いに来る。ここで見てほしいのだが、ほら中国元。普通に何の抵抗もなく中国の紙幣を使っている。流通している通貨は中国元か米ドル。平壌でも外国人が朝鮮ウォンを使おうとしたら嫌がられたという話を聞いたことがある。外貨との換算率が分からないから、と。


KJmookcover-150.jpg<2月8日、ニューズウィーク日本版SPECIAL ISSUE「丸ごと1冊 金正恩」が発売。金正恩政権の「等身大の姿」、核・ミサイル開発の本当の実力、国内政治と経済の現実を解き明かしながら、日本人に突き付けられた北朝鮮核危機の深層に迫った。まんが「金正恩世襲秘話」や、米機密解除資料、年表(1948~2018年)も掲載。全76ページ。この記事は「丸ごと1冊 金正恩」からの抜粋>

【お知らせ】
ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮情勢から英国ロイヤルファミリーの話題まで
世界の動きをウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は小幅反発、ソフトバンクGが上値抑える

ビジネス

「ドイツ銀がリスクを軽視」、元行員の主張をECB検

ビジネス

午後3時のドルは156円後半、高値圏で売買交錯

ビジネス

欧州新車販売、10月は前年比+4.9% EVがガソ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 8
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中