最新記事

環境

北極圏の生態系を壊す原油採掘再開の悪夢

2017年10月25日(水)17時30分
テリー・ガルシア(米エクスプロレーション・ベンチャーズCEO)

北極圏の環境が突き付ける難題の数々を、石油会社は果たして理解しているのか。例えばメキシコ湾での流出事故発生後のBPの対応計画では、事故の影響を受ける恐れのある野生動物にアシカ、ラッコ、セイウチが含まれていた。どれもメキシコ湾にはいない動物ばかりだ。

英・オランダ系石油大手ロイヤル・ダッチ・シェルは15年まで断続的に北極圏で油田探査を行っていたが、その間、掘削リグの火災や掘削リグの座礁事故など大惨事につながりかねない事故を立て続けに起こしている。

私は自然保護活動家だが、現実主義者でもある。地球温暖化の影響で北極の氷の融解が進み、35兆ドル規模の原油・天然ガス資源の宝庫が姿を現している。資源開発の誘惑も抗し難いものになるだろう――子供たちが受け継ぐ地球にどんな影響を及ぼすことになろうとも、だ。

実際的なルールの確立を

しかし最低限、北極圏での採掘を望む企業に対して良識的な規制を設けることはできる。採掘を許可する条件として次の3つを義務付けるのだ。その環境特有のあらゆるリスクを完全に評価したことを提示すること。除去作業が必要になった場合は全面的な最終責任を負うと約束すること(必要なリソースがあることも示す)。そして北極圏で速やかに(数週間や数カ月ではなく数日単位で)効果を上げられる対応・封じ込め能力があると証明することだ。

北極の生態系の調査に大規模な資金を投じる必要もある。管理し保護するためには、まず理解しなければならない。悲しいことに、私たちは北極海の海底よりも火星の表面についてのほうが詳しいくらいだ。それでも、特に影響を受けやすい海域に指定保護区を設けて生態系の回復力を高めることはできる。

アメリカは北極での掘削権を手に入れるべきだ。北極圏で活動しているのはアメリカだけではない。中国とロシアも北極の原油採掘に向けて動いている。安全でない慣行が普及しないうちに、今すぐ最良のやり方を確立しなければならない。

エクソン・バルディーズ号の原油流出事故から30年近くが過ぎた今も、プリンス・ウィリアム湾沿岸の一部では砂浜を少し掘れば流出した原油が現れる。北極圏での人間の活動の影響が何世代も尾を引くことをまざまざと見せつける。

人類の活動によって北極を覆う無垢で真っ白な氷が解け、代わりに有害で真っ黒な原油が広がっていく――そんな光景が脳裏に浮かんで離れない。シンプルで実際的なルールを設けよう。悪夢が現実になるのを断固阻止するために。

(筆者はメキシコ湾原油流出事故の原因究明・提言に携わった流出事故対応のエキスパート)

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

[2017年9月26日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」

ワールド

訂正-米政権、政治暴力やヘイトスピーチ規制の大統領

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中