最新記事

監視社会

インド13億人を監視するカード

2017年10月4日(水)10時30分
サンディ・オン

magw171003-india02.jpg

アドハーの身分証明カードを持つ夫婦。カードは生活の多くの場面で重要な役割を果たす Mansi Thapliyal-REUTERS

データ漏洩事件も発生

インドにはプライバシー保護法もなければ、集められた生体情報を守る法律もない。それでもニレカニに言わせれば、アドハーは安全だ。全ての生体認証データは暗号化され、ファイアウォールに幾重にも守られ、ネットとつながっていない場所に保管されている。それに政府機関であれ民間業者であれ、アドハーを利用するには免許が必要だというのだ。

だがエーブラハムは納得しない。「データベースが不正侵入されるのは時間の問題だと思う。政府がフェイスブックより優秀なセキュリティー専門家を抱えているというなら話は別だが」

既に、政府の4つのウェブサイトから1億3000万人以上の名前と銀行口座のデータとアドハー番号が流出し、ネット上で公開される事件も発生している。インターネット社会センターは5月に報告書を出し、流出の原因はアドハー利用に関する規制の整備が進んでいないことではないと指摘した。アドハーのような集中データベースは「テロリストや外国政府、犯罪者の格好の標的となってしまう」とエーブラハムは言う。

問題点はまだある。「インドでは(無線通信のための)帯域幅が枯渇している点を考えても、あれは不適切な技術だ」とエーブラハムは言う。

インフラの整備も追い付いていない。指紋認証の端末には電源が必要だが、停電は多いし、そもそもインドでは推定2億4000万人が電気のない暮らしを送っている。データベースとの照合にはネット接続が必要だが、インドの平均的な接続速度はアジア最低レベルの4.1メガbps。アメリカの平均の3分の1だ。

それでもアドハーは拡大を続けている。年内にはインド国内の全ての人々をカバーするとみられ、他の制度やプログラムでの導入例も増えている。

アドハーは国民に利益だけをもたらす無害な存在であり続けるのか、それとも抑えの利かない暴走を始めるのか。

「アドハーについて、『政府がやっているのは正しいことだけだ』と誰もが信じているとは思えない」と冒頭のセクエイラは言う。「ラテン語の格言で『誰が番人の番をするのか』というのがあるが、同じことだ」

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

[2017年10月 3日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米首都近郊で起きた1月の空中衝突事故、連邦政府が責

ワールド

南アCPI、11月は前年比+3.5%に鈍化 来年の

ワールド

トランプ氏、国民向け演説で実績強調 支持率低迷の中

ワールド

ドイツ予算委、500億ユーロ超の防衛契約承認 過去
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中