最新記事

映画

戦争映画の概念を変えた『ダンケルク』

2017年9月8日(金)15時15分
ノア・バーラッキー

仲間の兵士たちが死に、たった1人海岸にたどり着いたトミーは救援船にいち早く乗り込もうとする ©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED

<ナチスに包囲された兵士40万人を救った「奇跡の撤退」を緊張感あふれる映像で描く>

クリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』は反戦映画か? 答えは明らかにノーだ。

第二次大戦中、ドイツ軍の電撃作戦でフランス北部ダンケルクの海岸に追い詰められた連合軍兵士40万人。彼らを救出する大規模な撤退作戦を描いたこの映画は、イギリス軍の英断とヒロイズムへの賛歌とも言うべき作品だ。

反戦映画ではないが、戦争映画の「お約束」を覆した映画ではある。『ダンケルク』の前と後とでは、ハリウッドの戦争映画の概念が変わる。そんな予感すら抱かせる。

「戦争を描く映画はいや応なしに戦争を賛美する映画になる」と言ったのは、ヌーベルバーグの巨匠フランソワ・トリュフォー監督だが、ノーランはユニークな着想でそんなジレンマを打破してみせた。

『ダンケルク』が斬新な映画になり得たのは、ハリウッドの基準からすれば特殊な状況である「撤退」を扱ったからでもある。

戦争映画には激しい戦闘シーンが付き物だ。スティーブン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』では冒頭の20分余り、ノルマンディー上陸作戦の熾烈な攻防戦がリアルに再現される。凄惨な地獄絵図が繰り広げられる点は、メル・ギブソン監督の『ハクソー・リッジ』も同じだ。ヒーローは沖縄戦で人命救助に徹する衛生兵だが、敵陣に進攻する側の視点から戦争を描いた映画であることに変わりはない。

戦争の狂気を徹底的に皮肉ったスタンリー・キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』でさえ、米兵たちは市街戦で一定の成果を上げる。

【参考記事】あの〈抗日〉映画「軍艦島」が思わぬ失速 韓国で非難された3つの理由

戦時下の人間の無力さ

そう、軍隊の前進を描くのが戦争映画の常道なのだ。ハリウッドの常識では、兵士は進撃するものと相場が決まっている。

だが『ダンケルク』は違う。始まりは1940年5月24日。ドイツ軍の進撃に押され、連合軍はドーバー海峡に臨む海岸に撤退。もはや反撃に出る余力はなく、救援を待つのみだ。イギリス軍はドイツ軍の爆撃機とUボートの攻撃にさらされつつ、1人でも多くの兵士を救出しようと決死の作戦を展開する。

主役級の兵士はごく平凡な男トミー(フィオン・ホワイトヘッド)だ。冒頭のシーンでは、トイレを探して仲間たちと市街地を歩いているときにドイツ軍に銃撃され、命からがら海岸に逃げる。トミーにとって戦争は自分の力ではどうしようもない、耐え難くも屈辱的な状況だ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米セントルイス連銀総裁、雇用にリスクなら今月の追加

ワールド

トランプ氏、ウクライナ大統領と会談 トマホーク供与

ワールド

米ロ結ぶ「プーチン—トランプ」トンネルをベーリング

ビジネス

米中分断、世界成長に打撃へ 長期的にGDP7%減も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 5
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 6
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 9
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 10
    ビーチを楽しむ観光客のもとにサメの大群...ショッキ…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中