最新記事

イスラエル

エルサレムでの衝突はどこまで広がるのか──パレスチナ・イスラエルで高まる緊張

2017年7月23日(日)02時30分
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

Ammar Awad-REUTERS

<エルサレムで21日、イスラエル兵士とパレスチナ人の衝突が発生した。比較的平穏が続いていたエルサレムで、こうした事態が起きたのはなぜか、また今後はどこまで拡大していくのか>

エルサレムが騒乱状態に陥っている。7月21日の金曜日の昼過ぎ、普段は観光地としてもにぎわう旧市街のダマスカス門付近は、路上で礼拝するイスラーム教徒のパレスチナ人であふれた。警戒態勢で配備されていたイスラエル兵士との間では衝突が起き、通りには催涙ガスが充満し、銃声が鳴り響いた。

同様の衝突はエルサレム各地で起こり、合わせて3人のパレスチナ人が命を落とした。いずれも10代の青年だ。パレスチナ赤新月社の医療関係者によると、一連の衝突で390人以上のパレスチナ人が負傷し、病院に搬送されている。大半は催涙ガスを吸ったためだが、発砲による負傷者も100人近くに上るという。東エルサレムとパレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区では、これらの衝突から計29人がイスラエル警察に拘束された。

最近では大きな衝突も起こらず、比較的平穏が続いていたエルサレムで、こうした事態が起きたのはなぜか、また今後はどこまで拡大していくのか。

銃撃事件の衝撃

発端となったのは、1週間前の金曜日の朝にエルサレムの旧市街で起きた事件だ。旧市街の東側にあるライオン門付近で、警備のイスラエル兵士2人が突然、銃で撃たれて命を落とした。銃撃の瞬間や、逃げる犯人の一人を追ってイスラエル兵が射殺する様子は、スマートフォンで撮影され、動画ニュースやSNSですぐに配信された。

イスラエル側によるセキュリティ・チェックの強化された近年では、パレスチナ人による銃火器を用いた事件は珍しい。今回の犯人は、パレスチナ自治区の住民ではなく、イスラエル国籍をもつパレスチナ人青年3人によって起こされたものだった。彼らの出身地であるウンム・アル=ファヘムはイスラエル中北部のいわゆる「三角地帯」と呼ばれ、近年ではイスラエル国籍のパレスチナ人が組織するイスラーム主義運動の拠点としても知られる。だがこの3人は、特にそうした組織に所属していたわけではない。

構図からすれば、これは本来あまり拡大する可能性は高くない事件のはずだった。

パレスチナ自治区に住むパレスチナ人の側から、イスラエル国籍のパレスチナ人に対して抱く共感は一般的に弱い。今回の事件に対しても、東エルサレムや自治区の住民の間では、賛同というよりも、今後の警備の強化が直接的に生活に与える影響に対する不安の方が高かったと推測される。事件直後にハマースは支持を表明したが、あくまで結果に対する賛辞であり、組織的に関わっていたわけではない。

また襲撃されて命を落とした2人のイスラエル兵士は、いずれもドゥルーズだった。ユダヤ教徒ではない彼らは、兵役義務は課されるものの、イスラエル社会内では下層に位置づけられる。アラビア語を母語とするため、パレスチナ人との意思疎通にエルサレムの旧市街やヘブロンには必ず数人配備される。自治区のパレスチナ人からは嫌悪されており、衝突の犠牲となることも多いが、イスラエル国内の世論としては、彼らへの同情はあまり聞かれない。

今回も、この事件を利用してエルサレムの聖地管理の現状を変えようと訴える一部の右派を除けば、イスラエル社会からの反応は鈍く、ネタニヤフ政権による対応も抑制的だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 8
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中