最新記事

中国

「中国がネット検閲回避のVPNを全面禁止」は誤報です

2017年1月27日(金)17時15分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 まあ、中国政府がネット検閲についてなんらかの行動を取るたびに「もう中国のネットは終わりだ!」「鎖国だ!」「中国のネットはインターネットじゃない、巨大LANだよ!」と騒ぐのは様式美のようなものなので、平常運行と言えそうだ。

民主主義ブームが終わった中国のネット

 ちなみに、在中日本人や旅行者が使っているVPNはほとんどが中国に拠点を持たないサービスであり、今回の規制対象ではない。ならば自由に使えるかというとそうではなく、"今までどおり"つながったり、つながらなかったりという不安定な状況が続くだろう。

 中国政府は「ネット主権」という概念を提唱している。世界中のサービスが自由に使えるのではなく、ネットサービスも各国ごとに規制されるべきという考え方だ。中国向けにサービスを提供するならば、中国にサーバーを置き、実名のユーザー名簿を構築して政府の要請に応じて提供し、時には通信内容の傍受にも協力せよというのが基本的な考え方になる。

【参考記事】中国SNSのサクラはほぼ政府職員だった、その数4.8億件

 自由なインターネットの代表格であるアメリカとて、通信傍受やユーザー情報の開示を行っている以上は中国と五十歩百歩という見方もあるかもしれないが、少なくともインターネットは国境を越えて自由にアクセスできるものであるべきという点では異なる。

 環太平洋連携協定(TPP)では中国的なネット検閲を規制する条項が盛り込まれ、自由なインターネットを国際標準として確立しようとする狙いが込められていたが、トランプ米大統領誕生とともにご破算となってしまった。中国が国際的な主導権を強めていけば、「ネット主権」という概念が力を増していく未来も考えられる。

 もっとも、中国政府がここまでやる気を出してネット検閲を実施する必要が本当にあるのかは疑問だ。ネット検閲回避、すなわち「壁越え」にはいくつかの手法があるが、その最上級とされるのが「肉体壁越え」。すなわち海外移住である。国外に住めば中国政府も手出ししようがないというわけだ。

 中国では近年、海外留学や移民がブームで「肉体壁越え」に成功した者は多い。ただし、民主主義国に移り住んだ中国人たちは自由なインターネットに触れ、民主主義の素晴らしさを知り、中国政府の悪辣な統治に怒りをたぎらせている......というのは幻想である。「独裁してなきゃこれほどの成長はできなかった」「民主主義ってトランプが大統領になる制度のことだよね」と冷めた見方をする人が多いのだ。

 拙著『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』で詳述したが、2000年代における政府批判はネット普及率が低い時代における一種のブームに過ぎず、実際に政府の強権で被害を受けた人以外は現在の政権にそこそこ満足しているというのが現状なのだ。

 そう考えると、中国政府もそろそろネット検閲を緩めてもいいような気がするのだが、そこは世界最古の官僚国家、一度始めた事業はなかなかやめることはできない。少子化が危機的な状況になってから一人っ子政策を緩和したように、必要があろうがなかろうが官僚的愚直さで検閲政策を徹底していくのだろう。

【参考記事】危うし、美術館!(6):中国の検閲に加担した広島市現代美術館

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中