アレッポ攻防戦後のシリア紛争
誰の何が失敗したのか?
政府軍がアレッポを完全に制圧し、「反体制派」が短期間でこれを覆す見込みがない状況で、シリア紛争の終結に向けて描かれていた様々な筋書きのうちの一つが完全に潰えた。この筋書きは、「反体制派」がアレッポに侵攻した2012年ごろにアメリカやトルコが描いていた構想に近い筋書きである。具体的には、(1)人口も多く、政治・経済・社会的影響力も強いアレッポを「反体制派」が制圧する→(2)そこに「反体制派」が「シリア人民を代表する正統な政体(らしきもの)」を樹立する→(3)諸外国はその「政体(らしきもの)」を承認し、その要請に応じて飛行禁止区域の設定やシリア政府軍への攻撃を行う→(4)その「政体(らしきもの)」を名目上の旗頭として、シリア政府を軍事的に打倒する、との筋書きである。これは、2011年にリビアでカッザーフィー政権を打倒した際の事例に近いものである。「政体(らしきもの)」を樹立するためには、ある程度の「国民(らしきもの)」がついてこないと説得力がないため、そのよりどころとしてのアレッポの価値はイドリブ、ラッカ、ダイル・ザウル、パルミラのような、地方都市規模の都市ではとても代替できない。
その後、「反体制派」には政治的にも軍事的にも諸外国の期待に応える能力がないことが判明した、先行事例であるリビアでカッザーフィー政権打倒後の政治過程が破綻した、などの事情で上記の筋書きの実現性は極めて低くなった。それにもかかわらず、「反体制派」がアレッポ市の一角を占拠し続ける間、この筋書きは生き延び続けた。2016年8月以降トルコ軍が侵攻・占領した地域に設定しようとしている「安全地帯」や、今も時折アメリカの政治家が表明する「安全地帯」設置構想は、「正統な政体(らしきもの)」の核を欠いた構想へと失墜することとなろう。アレッポ攻防戦の決着で直ちに紛争が終わるわけではないが、当初アメリカやそれに与する諸国が構想したシリア紛争終結の筋書きの一つが破綻したことは否定しようがない。
2017年の展望
今後の政府軍の作戦の目標は、当座はダマスカス、アレッポ両市の近郊の確保、人口密集地に孤立して点在する「反体制派」が占拠する地域の解放になる可能性が高い。「反体制派」の根拠地であるイドリブ県や、12月に「イスラーム国」に再度占拠されたパルミラの奪還は容易ではない。なぜなら、アレッポでの戦局如何を問わず、「反体制派」と「イスラーム国」が政府軍を挟撃する配置は変わらないからである。政府軍としては、身近な不安定要素を除去し、敵方によって挟撃されているという不利な配置でも戦果を上げられるだけの備えが必要である。
一方、「反体制派」が局面を打開するためには、支援国による大幅な援助増が必須であろう。ただし、直接軍事介入したり援助を大幅に増やしたりする意思と能力のある国は見当たらないし、「反体制派」を支援する諸国の間でもシリア紛争を通じて実現したい利益や目標が各々バラバラで、支援そのものの能率もあまり良くない。軍事的にだけでなく政治・外交・経済面でも根本的な発想の転換がなければ、「反体制派」への支援継続は紛争をいたずらに長期化させ、助けるはずのシリア人民の苦しみを増幅させる以外の結果をもたらさない。また、トルコがロシアとの協調を進める過程で、「反体制派」に対しこれまでは積極的に支援してきた「ヌスラ戦線」との絶縁を勧告した模様である。従来から「反体制派」は諸派の間の権益争いなどの内紛を繰り返し、戦機を逸してきた。ここでトルコがイスラーム過激派との関係を清算するようなことになると、それを契機に「反体制派」間での抗争・自滅が進む可能性も予想される。
「イスラーム国」に目を移せば、その衰退は必然的である。ただし、衰退の原因は連合国が行っている爆撃ではない。「イスラーム国」自身が占拠した地域の住民に対し搾取と虐待を繰り返すだけの存在だということが明らかになるとともに、2015年以来「イスラーム国」にとって資源の供給地だったEU諸国、チュニジア、アラビア半島諸国でも攻撃を起こすようになり、資源の調達先で取り締まりが強化されたからである。2016年からは「イスラーム国」自身がEU諸国やトルコでの攻撃扇動を強めており、これは大局的に見れば活動に必要な資源調達の道を断つ自殺行為ともいえる。
現在「イスラーム国」の脅威が増しているように感じられるのは、イラクやシリアの外での資源調達や、プロパガンダを抑える取り組みが徹底されていないところがあるからだ。この点についてもっと実証的・実践的な調査や分析が必要であり、今や「イスラームフォビア」や「ムスリムの怒り」、「格差や差別」を観念的に語るだけでは「イスラーム国」やイスラーム過激派について何か説明したことにはなっていない。
2017年はイスラーム過激派による資源調達やプロパガンダの実態、それへの対策に焦点を当てた調査・研究・報道が主流にならないと、「専門家」や「報道機関」の存在意義が問われる年になるだろう。
[プロフィール]
髙岡豊
公益財団法人中東調査会 上席研究員
新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。2014年5月より現職。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店など。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。