最新記事

往復書簡

英離脱後のEUは経済とテロ次第――ビル・エモット&田所昌幸

2016年12月28日(水)11時25分
ビル・エモット、田所昌幸(※アステイオン85より転載)

asteion_correspondence-sub.jpg

田所昌幸(左)、ビル・エモット(右、Photo: Justine Stoddart)の両氏

マサユキへ

 経済の動向とテロ次第ではないかと思う。イギリスのEU離脱がFNやAfDのような反EU政党にとって追い風となり自信となったことは間違いないだろうが、だからといってそれで彼らが政権の座に近づいたとは思わない。ただ、テロ攻撃やまた経済的ショックが起こって主流派の政党の信頼が一層揺らぐことになると、話は別だ。しかしイタリアは事情が違う。イタリア経済はヨーロッパ主要国の中で一番弱く、世論調査ではM5Sは、マッテオ・レンツィ首相の中道左派政党である民主党に肉薄している。イタリアも一〇月(*)に憲法改正に関する国民投票があり、レンツィ首相はもしそれで敗れれば辞任すると公言しているが、今の情勢ではどうやら彼の敗北はかなり可能性が高い。ということは、イタリアも二〇一七年初めに総選挙をやらざるを得なくなるかもしれない。M5Sはかなり混乱しているが、ことによると総選挙で勝つかもしれない。彼らは必ずしも反EUではないけれど、イタリアがユーロ圏に留まるかどうかについて国民投票を要求している。そうなると途方もない混乱を金融市場で招きそうだ。イタリアが目下のところEUの安定性に対する最大の脅威だという点では、マサユキ、君に賛成だよ。イギリスのEU離脱について言えば、ここ二─ 三年はイギリスは相当の痛みを経験するだろうけど、これについても君の言うとおりで、イギリス政府が貿易金融で開放的な姿勢を維持し続ける限りは、それから回復できるだろう。イギリス政府も実際そういう方針のようだが、EUの安定性については、それほど楽観してはいない。

From ビル・エモット


ビルへ

 正直に言うと、今回の国民投票はきわどい勝負なのは判っていたけれど、最終的には常識が勝利して残留派が多数になると思っていたよ。実は同様にトランプが米共和党の大統領候補になるとは、本気で思ってはいなかったけれど、ここでも予想を外した(**)。こういった「ポピュリズム」と一般に言われる現象が大西洋の両岸で同時に起こって、政治的にも知的にも既成勢力に反旗を翻していることを、我々はどう解釈すべきなのだろうか。こういった現象の底流には、何か共通するものはあると思うかな? 我々のこのやりとりが『アステイオン』に印刷されて日本の読者の目に触れるころまでには(翻訳やら校正やらで遅くなってごめんね)、アメリカの新大統領も決まっているだろう。もしトランプ大統領当選ということにでもなれば、その帰結はイギリスのEU離脱よりも遙かに深刻だろう。僕としてはまだそれは起こらない方にかけるけれど、今回の国民投票の例から見ても、何が起こるかも判らないからね。

From 田所昌幸


マサユキへ

 EU離脱とトランプ現象の共通項は、二〇〇八年の金融危機とその後の、一九三〇年代以来最悪かつ最長の不況だと思う。このせいで、一般市民の政治経済システムへの信頼が、大いに失われたし、そういった人々が新たな意見や、新たな約束、それに一見したところ新たな政治的魔術師の言うことに影響されやすくなったからね。これは英米のように、選挙の勝者が総取りしてしまうような政治制度をもっている国では、疎外されている少数派の声がちゃんと政治の場に反映されないから、とりわけ危険なものになる。どうやら我々は自分たちの政治制度が最も基本的な原則を今後も維持できるのかどうかを真剣に考えないといけないだろう。それは、政治的権利と発言権の平等という原則だ。

From ビル・エモット


*イタリア政府は9月、国民投票を12月4日に実施すると発表。そして実施された国民投票では、憲法改正案が否決され、レンツィ首相は辞意を表明した。(編集部注)

**トランプは11月の米大統領選本選で米民主党のヒラリー・クリントンに勝利した。2017年1月、第45代大統領に就任する。(編集部注)

(この両者のやりとりは、二〇一六年七月後半に行われた。なお、英語の原文はwww.suntory.com/sfnd/asteion/correspondence/index.htmlで公開している。)

ビル・エモット(Bill Emmott)
1956年ロンドン生まれ。オックスフォード大学卒業後、英エコノミスト入社。1983年から3年間東京支局長として日本と韓国を担当、1993年に同誌編集長。2006年にフリーとなり、現在、国際ジャーナリストとして活動している。主な著書に『日はまた沈む――ジャパン・パワーの限界』(草思社)、"Good Italy, Bad Italy"(Yale University Press)などがある。

田所昌幸(Masayuki Tadokoro)
1956年生まれ。京都大学大学院法学研究科中退。姫路獨協大学法学部教授、防衛大学校教授を経て慶應義塾大学法学部教授。専門は国際政治学。著書に『「アメリカ」を超えたドル』(中央公論新社、サントリー学芸賞)、『ロイヤル・ネイヴィーとパクス・ブリタニカ』(編著、有斐閣)など。


※当記事は「アステイオン85」からの転載記事です。

asteionlogo200.jpg






『アステイオン85』
 特集「科学論の挑戦」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、方向感欠く取引 来週の日銀

ビジネス

米国株式市場=3指数下落、AIバブル懸念でハイテク

ビジネス

FRB「雇用と物価の板挟み」、今週の利下げ支持=S

ワールド

EU、ロシア中銀資産の無期限凍結で合意 ウクライナ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中