最新記事

ライフスタイル

エリート主義から自転車を取り戻すために。「ジャスト・ライド」

2016年11月11日(金)15時50分
川崎和哉(geared)

短いライドは素晴らしいという主張

 これが読む人によっては小気味よかったり、ふざけるなドシロウト!と思ったりするはずです(でもグラント氏はシロウトどころか元はレーサーであり、自転車業界歴は40年を超えているのですが)。

 第1章の一発目で「え、そうなの!?」と驚愕した僕などは完全に著者の目論見にハマったカモと言えます。

 しかしそこには「ペダルをぐるぐる漕ぐべからず」と書かれていたのですから、これは看過できないでしょう。ペダルは踏まずにくるくる回すのが効率がよいのであって、踏むやつはシロウトだと、いつかどこかで誰かに教えられたはず。

 さらにグラント氏は現在のスポーツサイクリングでは必需品だと思われているビンディングペダル&シューズ(カチッとハメて足をペダルに固定するしくみ)も神話だと言いいます。引き足が使えるから固定しないペダルより10%くらい高効率だと僕はどこかで読んで、ずっとそれを信じていました。筋肉にセンサーを付けて調査をしても、プロライダーも新米ライダーも引き足なんか使ってなかったというのです。

 彼の神話への抵抗は、こんな調子でどんどん続きます。

 ●軽量な8kgのロードバイクと10.5kgのクロモリバイクとでは2.5kgの重量差があるが、そこに78kgのライダーが乗ると、両者の差は3%未満にしかならない。そんなわずかな差はレーサー以外には意味がない。

 ●レースをしないなら、自分が持ってるほとんどどんな服でもサイクリングウェアとして通用する。アンダーウェアにもソックスにもこだわるな――などなど。

 中には僕も「うーん、これはどうなんだろう。。」と首をかしげたものもありますが、著者自身が序文で「すべてを信じてくれと言ってるわけじゃない」と断っています。

 逆にまた、この本はドグマ化したレースの影響から自由になることを説いているのですから、この本自体を教条主義的に捉えてしまうことも、この本の趣旨に反するでしょう。受け入れるものと受け入れないものを自分で判断すればいいのです。

 個人的にいちばんハッとさせられたのは、短いライドは素晴らしいという主張でした。生半可にライドに慣れてくると、短いライドを軽蔑する傾向があるが、それは間違いだというのです。これは完全に僕のことです。休日に乗るなら100km以上は走りたいよねと思っています。時には夜明け前に走り出して、日没後に帰ってきたりします。

 でもグラント氏は、最近は4時間がリミットだと言うのです。あまりにも長いライドは人にストレスを与え、豊かな人生の時間を奪うのだと。乗ることの純粋なよろこびを感じられるのはずっと短いライドなのだと。これは素晴らしい大人の叡智といえます。

 別の観点からも、グラント氏は短いライドを推奨します。サドルに長時間座っていると陰部が麻痺するというよくある悩みに対して、ライドの時間を短くするのがいちばん効果的だと説くのです。そもそもそんなに長く座っていなければいいんじゃないかと。これには目からウロコでした。


 山登りにおけるウルトラライト・ハイキングのムーブメントには、必要以上の装備をすることで、山を歩くことの本来の楽しさを失うのはどうなんだ? 靴はズックでいいよ、楽に行こうよという温故知新的な意味合いがあったと思います。

 本書「ジャスト・ライド」にも共通した姿勢を感じます。自転車に乗るときの気楽で自由で解放された気持ちを取り戻そう、というメッセージがそこにあります。


グラント・ピーターセン『ジャスト・ライド - ラディカルで実践的な自転車入門』(Pヴァイン)

執筆:Geared(Facebookページ)

○関連記事(ギアード)
ベルと一体化した自転車ナビ Blubel

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米経済にひずみの兆し、政府閉鎖の影響で見通し不透明

ワールド

トランプ氏がウォール街トップと夕食会、生活費高騰や

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、米政府再開受け経済指標に注

ビジネス

再送-〔兜町ウオッチャー〕AI相場で広がる物色、日
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 5
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 6
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 10
    「ゴミみたいな感触...」タイタニック博物館で「ある…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中