最新記事

エネルギー

テスラが描くエネルギー新世界

2016年9月21日(水)11時00分
ケビン・メイニー

 こうした未来を実現する上で欠かせないのが据え置き型の蓄電池だ。そこでマスクは50億ドルを投じて、ネバダ州にリチウムイオン電池の巨大工場「ギガファクトリー」を建設している。稼働すれば、量産効果で電池の価格を少なくとも70%引き下げられるという。

 さらに、ここで注目したいのがマスクの「マスタープラン・パート2」だ。去る7月に発表したものだが、彼はそこで、スタイリッシュなEVの販売はテスラにとって「入り口」にすぎず、最終目標は「脱石油」の実現だと表明している。つまり、自分が目指すのは「持続可能なエネルギーの台頭を加速し、私たちが明るい未来を思い描けるようにすること」だという。EVは、その持続可能なシステムの一部という位置付けだ。

大手に「勝つ」必要はない

 このプランに必要なもう1つの要素は送電網の刷新だ。大規模発電所からの一方通行だった従来の送電網を、双方向の「スマートグリッド」に変身させることだ。今後もソーラーパネルを設置する家庭や事業所は増え続け、在来型の火力発電所でつくられた電力に対する需要は減り続ける。そうであれば、電力各社もスマートグリッドに対応せざるを得ない。

【参考記事】温暖化対策の目標達成には、ガソリン車販売は2035年まで

 こうした完全なシステムの実現が見えているからこそ、マスクはテスラとソーラーシティーの合併に踏み切ったのだろう。06年創業のソーラーシティーは、米国内最大の住宅向けソーラーパネル施工会社だ。当初から急成長を遂げ、昨年段階では顧客数が毎月1万2000戸も増えており、会社の時価総額は60億ドルにも達した。今は赤字に転落し、直近の四半期決算では2億ドル程度の純損失を出したとされる。ただし、その背景には既存の電力会社を保護したい当局による規制変更があるという。

 マスクはテスラから重要なことを学んだ。すべてを自分で変えようとせずに、道筋を示せばいいのだということを。

 マスクは、大手の自動車メーカーに勝つ必要はなかった。ただ彼らに、EVが自動車業界を活性化させるものだと認識させ、テスラに追い抜かれる前にテスラを後押ししたいと思わせるだけでよかった。結果、今は自動車業界全体がEV化の方向に走りだしている。

 それと同じことを、マスクは今、エネルギー業界でやろうとしている。

 気候変動に関するパリ協定の締結は素晴らしいことだろう。しかしエネルギー革命をもたらす原動力は、起業家の努力と技術の進歩だ。そして今、マスクがその道筋を示した。

 さあ、みんなで「マスタープラン・パート2」の成功を祈ろう。氷の解けたアイスランドでジャマイカ生まれのレゲエを聴くなんて、様にならない。

[2016年9月20日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米関税措置の詳細精査し必要な対応取る=加藤財務相

ワールド

ウクライナ住民の50%超が不公平な和平を懸念=世論

ワールド

北朝鮮、日米のミサイル共同生産合意を批判 「安保リ

ビジネス

相互関税「即時発効」と米政権、トランプ氏が2日発表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中