テスラが描くエネルギー新世界
こうした未来を実現する上で欠かせないのが据え置き型の蓄電池だ。そこでマスクは50億ドルを投じて、ネバダ州にリチウムイオン電池の巨大工場「ギガファクトリー」を建設している。稼働すれば、量産効果で電池の価格を少なくとも70%引き下げられるという。
さらに、ここで注目したいのがマスクの「マスタープラン・パート2」だ。去る7月に発表したものだが、彼はそこで、スタイリッシュなEVの販売はテスラにとって「入り口」にすぎず、最終目標は「脱石油」の実現だと表明している。つまり、自分が目指すのは「持続可能なエネルギーの台頭を加速し、私たちが明るい未来を思い描けるようにすること」だという。EVは、その持続可能なシステムの一部という位置付けだ。
大手に「勝つ」必要はない
このプランに必要なもう1つの要素は送電網の刷新だ。大規模発電所からの一方通行だった従来の送電網を、双方向の「スマートグリッド」に変身させることだ。今後もソーラーパネルを設置する家庭や事業所は増え続け、在来型の火力発電所でつくられた電力に対する需要は減り続ける。そうであれば、電力各社もスマートグリッドに対応せざるを得ない。
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こうした完全なシステムの実現が見えているからこそ、マスクはテスラとソーラーシティーの合併に踏み切ったのだろう。06年創業のソーラーシティーは、米国内最大の住宅向けソーラーパネル施工会社だ。当初から急成長を遂げ、昨年段階では顧客数が毎月1万2000戸も増えており、会社の時価総額は60億ドルにも達した。今は赤字に転落し、直近の四半期決算では2億ドル程度の純損失を出したとされる。ただし、その背景には既存の電力会社を保護したい当局による規制変更があるという。
マスクはテスラから重要なことを学んだ。すべてを自分で変えようとせずに、道筋を示せばいいのだということを。
マスクは、大手の自動車メーカーに勝つ必要はなかった。ただ彼らに、EVが自動車業界を活性化させるものだと認識させ、テスラに追い抜かれる前にテスラを後押ししたいと思わせるだけでよかった。結果、今は自動車業界全体がEV化の方向に走りだしている。
それと同じことを、マスクは今、エネルギー業界でやろうとしている。
気候変動に関するパリ協定の締結は素晴らしいことだろう。しかしエネルギー革命をもたらす原動力は、起業家の努力と技術の進歩だ。そして今、マスクがその道筋を示した。
さあ、みんなで「マスタープラン・パート2」の成功を祈ろう。氷の解けたアイスランドでジャマイカ生まれのレゲエを聴くなんて、様にならない。
[2016年9月20日号掲載]