最新記事

日本経済

イタリアと日本国債の低金利に騙されるな

2016年9月15日(木)17時42分
デズモンド・ラックマン(米アメリカン・エンタープライズ研究所研究員)

Toru Hanai-REUTERS

<たび重なる財政出動でも低成長から脱出できず、再びデフレが影を落としている。先進国のどこより速く高齢化が進み、高かった貯蓄率も急降下。不利な条件ばかりなのに、なぜ世界の投資家が競って日本の国債を買い、円を買うのか>

 主要国の中央銀行が無節操に紙幣を乱発したらどうなるか。市場が大きく歪む心配などないと言うのなら、日本とイタリアの国債価格をチェックして欲しい。この2カ国の公的債務残高はアメリカを上回っているが、いずれも今のところアメリカより大幅に低い金利で借金を重ねることができている。

【参考記事】日銀は死んだ

 日本の財政が持続不可能な道を突き進んでいることは議論の余地がないだろう。公的債務残高はGDPの250%近く、プライマリーバランス(公債関連の収入と支出を除いた基礎的財政収支)の赤字はGDPの5%に上っている。

 IMFの推定によれば、プライマリーバランスの赤字を縮小できなければ、日本の公債残高は2030年までにGDPの300%に達する見込みだ。いくら財政出動を繰り返しても日本は低成長から脱出できず、デフレ懸念が再び影を落としている。G7諸国で最も急速に人口の高齢化が進み、それに伴って、高かった貯蓄率も一気に低下している。

それでもバカ売れ

 これほど不安材料があるにもかかわらず、市場が評価する日本経済の強さは、筋肉増強剤を打ったスイス並みだ。驚くことに、日本政府が発行する20年物の国債は今やマイナス金利(最後まで保有し続ければ損をする)なのに、それでもなお売れている。日本は通貨も強く、世界の金融市場が混乱するたびに安全な投資先として円が買われる。1年前と比べ円の対ドル相場は20%上昇、それでなくても青息吐息の日本経済にとって、最近の円高はまさに弱り目に祟り目だ。

【参考記事】消費税を増税すれば「デフレ脱却」できる

 イタリア国債が高値を付けているのも不可解な現象だ。イタリアは政府債務残高のGDP比がユーロ圏で2番目に高い。しかもイタリアの銀行が抱える不良債権は今では貸出残高の実に18%に上り、総額3600億ユーロ前後と見積もられている。

 イタリアは99年の統一通貨創設時からのユーロ加盟国だが、経済は硬直したままで、ユーロ導入後も低成長が続き、デフレ脱却もままならない。経済が活気を取り戻すには構造改革が必要だが、政治は機能不全に陥っており、改革の実施は望み薄だ。

【参考記事】財政再建はなぜ必要か──日本がギリシャにならないために。

 日本とイタリアの国債が大幅に過大評価されている(金利がとても安い)現状は、この2カ国の経済の健全性ばかりでなく、世界の金融システムの健全性にとっても大きなリスクになっている。

また日本の大盤振る舞い

 国債の利回りが人為的に低く抑えられていれば、財政規律は緩み、財政運営は放漫になりがちだ。膨れ上がった借金はいつかは返さねばならないが、放漫財政はその時の苦痛をなおさらひどくする。

 日本政府は超低金利をいいことに、またもや大盤振る舞いをしようとしている。バラマキ財政を続ければ、それでなくても膨大な国の借金は膨れ上がる一方だ。

 イタリアでも超低金利のおかげで、政府は改革を先延ばしにし、銀行は不良債権の処理を棚上げにしている。財政破綻を避けるには早急に手を打つ必要があるのに、超低金利は麻薬のように現実を忘れさせる。

 世界の金融システムにとって、日本とイタリア国債の大幅な過大評価はとりわけ深刻なリスクになっている。日本とイタリアの公債の市場規模は、世界の債券市場でそれぞれ第2位、第3位の位置を占めているからだ。2国のいずれかがデフォルト(債務不履行)に陥れば、世界の金融システムに激震が走るだろう。

 現状ではこの2国は異常に低い金利で市場から資金を調達できているが、日本発、もしくはイタリア発の金融危機などあり得ないと思ったら、大間違いだ。

 ユーロ危機が勃発する直前の09年、ギリシャ政府はドイツとほぼ同じ低金利で市場から長期の借り入れができていた。それから3年足らずで、ギリシャは第2次大戦後最大級のデフォルト危機に見舞われることになった。

A version of this article was first published at Economics21.

Desmond Lachman



Desmond Lachman


Desmond Lachman is a resident fellow at the American Enterprise Institute. He was formerly a Deputy Director in the International Monetary Fund's Policy Development and Review Department and the chief emerging market economic strategist at Salomon Smith Barney.


This article was originally published on FEE.org. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ大統領、防空強化の必要性訴え ロ新型中距

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中