最新記事

2016米大統領選

自称「救世主」トランプがアメリカを破壊する

2016年8月5日(金)15時30分
グレン・カール(本誌コラムニスト、元CIA諜報員)

 トランプは今、その政治的レトリックでアメリカ人に「拷問をしろ」と呼び掛けている。私たちが行ったよりもはるかに悪質な拷問だ。彼は特定の宗教を丸ごと排除せよと主張する。イスラム教徒の入国を禁止すると叫び、南米系の人々を「レイプ犯」と決め付け、不法移民を国外に退去させると豪語している。

 そればかりかテロリストの家族は全員殺害すべきだと言いだし、拷問を禁じた法律があろうが米軍とCIAが拷問を渋ろうが「心配ない」と妙な安請け合いをしている。「私が命じれば、彼らはやる」と。

 トランプの発言からうかがわれるのは、CIAの拷問よりもはるかに危険な野望だ。権力の暴走を防ぐシステムや法律があっても、専制的な「指導者」はいとも簡単に民主主義を破壊できる。その手法はこうだ。まずマイノリティーに対する憎悪と偏見をあおり、強権支配に警鐘を鳴らす知識人を大衆の敵に仕立てる。そしてエリートの支配を覆す大衆の戦いの先頭に立つ。

 首尾よく政権を握ったらわれこそは「大衆の意思」の代弁者だと言い張る。後はそれを盾に取って自分に逆らう組織や不都合な制度を次々につぶすだけだ。

 以上が、法に基づく民主的な統治を破壊する恐ろしいまでに簡単な方法だ。たった1人のポピュリズム政治家がいればすべてをたたき壊せる。

【参考記事】ライアンやマケインも敵に回し、ますます孤立するトランプ

ソクラテスの時代から

 トランプはよく「いま何が起きているか知っているか」と聴衆に問い掛ける。その問いに答えるなら、トランプによる民主主義の破壊こそいま起きている危険極まりない事態だ。

 共和党全国大会のステージで自身の巨大な顔の下に立ち、傲慢な思い上がりを全身にみなぎらせたトランプ。社会の急速な変化に怯え、不満を募らせている人々に、彼は甘い誘惑の言葉を投げ掛けた。強いリーダーが1人出現すれば、社会の転換期の混乱とストレスは魔法のように解消される、と。

 プラトンの著作『ゴルギアス』では、ソクラテスが「古代ギリシャのトランプ」とも言うべきカリクレスと論戦を繰り広げる。テーマは理想の統治。カリクレスは強者が弱者を支配するシステムがいいと言う。「力は正義なり」という考えだ。世の中には「勝者」と「敗者」しかいないというトランプの考えと相通じるものがある。

 だがソクラテスは言う。カリクレスやトランプのようなデマゴーグは人々の不安に付け込み、忠誠心を吸い取り、自分こそが人々を救う強いリーダーだと思い込ませる。揚げ句に人々の自由を奪い、希望さえも打ち砕く。

 トランプの手法はソクラテスの時代から知られていたということだ。それにまんまと乗せられるのか。私たちの良識と判断力が問われている。アメリカ合衆国は今、震えている。

[2016年8月 9日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、エヌビディアが独禁法違反と指摘 調査継続

ワールド

トルコ裁判所、最大野党党首巡る判断見送り 10月に

ワールド

中国は戦時文書を「歪曲」、台湾に圧力と米国在台湾協

ビジネス

無秩序な価格競争抑制し旧式設備の秩序ある撤廃を、習
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中