最新記事

北朝鮮

連座制で強制収容所送り、北朝鮮「収容所人名辞典」が暴く地獄

2016年8月4日(木)16時22分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

Lukasz Szczepański-iStock

<韓国のNGOが「北朝鮮政治犯収容所の勤務者、収容者、失踪者人名辞典」を出版。ホロコーストにも匹敵する「この世の地獄」での人権侵害を暴き出す資料だ。収容所の勤務者や収容者の内訳などを記しているが、収容者の罪名で最も多いのは、本人に罪のない「連座制」だという>

 韓国のNGO、北朝鮮人権情報センターは 1日、「北朝鮮政治犯収容所の勤務者、収容者、失踪者人名辞典」を出版した。

 同センターは、2003年の設立以来、北朝鮮当局による人権侵害の被害者の証言を記録、保管し、データベース化してきた。北朝鮮の人権蹂躙の実態に関する記録を集め、広く外国に知らしめる。そのうえで、北朝鮮国内の機関や担当者に直接、間接の圧力を与えることを目的としている。

 今回の人名辞典は、最近韓国に入国した脱北者を対象にした調査と、既存の調査内容を保存されている「北朝鮮人権統合データベース」の政治犯収容所拘禁事例3825件と、行方不明事例1181件の中から、具体的な人物を確認できるものを選んだものだ。

せい惨な拷問も

 北朝鮮の政治犯収容所で、常態化している人権侵害は、ナチス・ドイツがアウシュビッツ強制収容所で行ったユダヤ人の大虐殺(ホロコースト)に匹敵すると言っても過言ではない。そうした意味で、このような資料が発表される意義は大きい。

(参考記事:赤ん坊は犬のエサに投げ込まれた...北朝鮮「人権侵害」の実態

 辞典によると、収容所の勤務者は51人。内訳は警備隊員が51%、保安員(警察官)が29.4%の順だ。さらに、収容者と収容推定者759人、死亡者と収容経験者137人、行方不明者499人の情報を要約、整理している。

罪を犯していなくても

 収容者、収容推定者、行方不明者1258人の罪名で最も多かったのが、連座制の365人(29%)だった。北朝鮮で悪名高き「連座制」が、最も多いことが数字のうえで明らかになった。罪を犯していなくても、「この世の地獄」と称される収容所送りにされることがある。最近では、金正恩党委員長が継母の家族さえも連座制で収容所送りにしたという話もある。

 連座制に続くのが、韓国への亡命の試み132人(10.5%)。以下、不平不満を口にした102人(8.1%)、不法越境72人(5.7%)、宗教活動62人(4.9%)、敵との接触52人(4.3%)、密輸密売49人(3.9%)の順だった。性別では、男性が60.5%、女性が29.4%。年齢別では30代が14.1%、40代が11.6%で、45.6%は年齢不詳だ。女性は男性の約半数だが、男性以上に人権を蹂躙されている証言は数多く出ている。

(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態...「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

 もちろん、これらの数字はわかっている範囲での調査であり、氷山の一角に過ぎない。センターは「政治犯収容所内の人権状況は劣悪であり、現在起きている、また今後も起きる人権侵害の予防と最小化、国際社会との連帯を通じて被害者のための最低限の措置を図るための努力の一環」と出版の理由を明らかにしている。また「深刻な人権侵害を処罰するための調査を行うにあたって、非常に有用な情報」だとし、英語、日本語、スペイン語への翻訳が行われていると述べた。

 北朝鮮の人権侵害の実態が明らかになることはとめられない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米NEC委員長「利下げの余地十分」、FRBの政治介

ワールド

ウクライナ、和平計画の「修正版」を近く米国に提示へ

ビジネス

米10月求人件数、1.2万件増 経済の不透明感から

ワールド

スイス政府、米関税引き下げを誤公表 政府ウェブサイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「財政危機」招くおそれ
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    ゼレンスキー機の直後に「軍用ドローン4機」...ダブ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中