最新記事

中東

ロシアは何故シリアを擁護するのか

2016年6月29日(水)17時37分
小泉 悠(未来工学研究所客員研究員)※アステイオン84より転載

(2)体制転換とイスラム過激主義への脅威認識

 では、ロシアが軍事介入を行ってまでアサド政権を支える大きな理由はなんだろうか。第一に指摘できるのは、現在のシリアがイランと並ぶ貴重な中東の友好国であるという点である。特に二〇〇〇年代以降、イラクやリビアの親露的な政権が崩壊したことで、シリアとイランの相対的重要性は高まってきたと言える。

 これと関連するのが第二点で、ロシアとしては、友好国における体制転換の波をどこかで押しとどめる必要があった。ロシアの友好国には権威主義的統治体制を取る国が多く、民主化運動による政権崩壊のリスクを抱えている。これが現実のものとなったのが、二〇〇〇年代に旧ソ連諸国で発生した「カラー革命」(グルジア[ジョージア]、ウクライナ、キルギスタン[キルギス]で発生した体制転換)と、二〇一〇年代の「アラブの春」である。

 このまま体制転換が続けばシリアをも失いかねないばかりか、やはり権威主義的な統治体制を敷く旧ソ連のベラルーシ、カザフスタン、ウズベキスタンといった友好国にまで波及しかねない、という点がロシアの脅威認識であると思われる。二〇一一年のロシア下院選挙に際し、不正投票疑惑が大規模な反プーチン政権運動にまで発展したことも、このような脅威認識に火をつけたことだろう。湯浅が指摘するように、「アラブの春」が権威主義的な体制への国民の不満によって引き起こされ、その後の社会におけるイスラムの位置付けの不明瞭さによって混乱が拡大したとするならば、ロシアはまさに同じ条件を備えているためである(4)。しかも、上記の旧ソ連諸国ではいずれも指導者の高齢化が進んでおり、権力の移譲がスムーズに進まなければ大きな内政不安に繋がりかねないとして懸念されているところである。

 さらにロシア政府は近年、こうした体制転換が国民の自発的運動ではなく、西側諸国によって人為的に焚き付けられたものであるという主張を繰り返している。ロシア国防省が毎年開催しているモスクワ国際安全保障会議における軍・国防省高官の発言、プーチン大統領の演説、「軍事ドクトリン」や「国家安全保障戦略」といった安全保障政策文書群などにおいて、こうした主張は度々見出すことができるし、軍事演習でも「外国の情報機関によって扇動された内乱の鎮圧」などが想定として採用されるようになった。

 ロシアの政治・軍事指導部がこうした陰謀論的世界観をどこまで本気にしているかは別として、このような脅威認識の構図からすれば、シリアはこれまで続いてきた体制転換の波を押しとどめる防波堤、ということになろう。これはまた、一時期後退していたロシアの対中東コミットメントが、何故近年になって再び活発化してきたのかという問いに対する回答の一つとも考えられる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ノーベル平和賞マチャド氏、授賞式間に合わず 「自由

ワールド

ベネズエラ沖の麻薬船攻撃、米国民の約半数が反対=世

ワールド

韓国大統領、宗教団体と政治家の関係巡り調査指示

ビジネス

エアバス、受注数で6年ぶりボーイング下回る可能性=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 3
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 4
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡…
  • 5
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 6
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 7
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中