最新記事

英EU離脱

地べたから見た英EU離脱:昨日とは違うワーキングクラスの街の風景

2016年6月28日(火)16時05分
ブレイディみかこ

Reinhard Krause- REUTERS

「裏切られたと感じている労働者階級の人々を政界のエリートたちが説得できない限り、英国はEUから離脱するだろう」
 2週間前にそう言ったのはオーウェン・ジョーンズだった。

二つに分断された国

 「おーーーー、マジか!」 
 という配偶者の声で目が覚めた。離脱だという。

 子供を学校に送って行くと、郵便配達の仕事をしているお父さんがロイヤルメールの半ズボンの制服を着たまま娘を学校に連れてきていた。
 「まさかの離脱だったね」と言うと、彼も「おお」と笑った。
 彼とは昨日も学校で会い、EU離脱投票の話をしていたのだった。昨日の朝は、
 「残留みたいだね、どう考えても」「ああ、もうそんなムード一色だな」みたいな話を2人でしていたのだった。昨日、彼はこう言っていたのだった。

 「俺はそれでも離脱に入れる。どうせ残留になるとはわかっているが、せめて数で追い上げて、俺らワーキングクラスは怒っているんだという意思表示はしておかねばならん」
 が、追い上げるどころか、離脱派が勝ってしまった。

 しかしわたしたちは英国でもリベラルな地域として知られているブライトンの労働者だ。「離脱」(青)と「残留」(黄)票の全国マップを見てみると、英国中部と北部は「離脱」で真っ青だ。「残留」の黄色はロンドン近郊やブライトンなど南部のほんの一部、そしてスコットランド、北アイルランドだけである。

 この国は明確に二つに分裂している。中部と北部 VS ロンドンとその近郊を含む裕福な南部+辺境地域(ウェールズを除く)。

 わたしや郵便配達のお父さんは南部の労働者だが、きっと中部、北部の労働者たちはもっと怒っていたのだろう。

リベラルの中にも離脱支持はいた

 離脱投票の前に気づいたのは、もはや一国の中で「右」と「左」の概念が揺らいで混沌とした状態になっていたということだ。

 一般に、EU離脱派陣営は、保守党右派のボリス・ジョンソンやUKIPのナイジェル・ファラージが率いた「下層のウヨク」であり、これは「英国のドナルド・トランプ現象」と理解されていたようだが、地元の人々を見ている限り、こうした単純なカテゴライズは当てはまらない。

 「離脱」に入れると言っていた下層の街の人々は、わたしや息子に一番親切で優しく、何かにつけて助けてくれるタイプの組合系レフトの労働党支持者たちだし、レイシストにはほど遠い感じの人たちだ。それに、ふだんはリベラルで通っている人々の中にも、最後まで迷っている人が多かった。

 こうした人々の苦悩はコラムニストのスザンヌ・ムーアが代弁していたように思う。


 離脱を支持する人の気持ちがわかってしまうのだ。(中略)「古いワインのような格調高きハーモニー」という意味での「ヨーロッパ」の概念はわかる。が、EUは明らかに失敗しているし、究極の低成長とむごたらしい若年層の失業率を推し進める腐臭漂う組織だ。ここだけではない。多くの加盟国で嫌われている組織なのだ。

 それに、自分なりのやり方でグローバル資本主義に反旗を翻すためにも、私は離脱票を投じたくなる。が、二つの事柄がそれを止める。難民の群れに「もう限界」のスローガンを貼った悪趣味なUKIPのポスターと、労働党議員ジョー・コックスの死だ。(中略)だが、ロンドンの外に出て労働者たちに会うと、彼らは全くレイシストではない。彼らはチャーミングな人びとだ。ただ、彼らはとても不安で途方に暮れているのだ。それなのに彼らがリベラルなエリートたちから「邪悪な人間たち」と否定されていることに私は深い悲しみを感じてしまう。

出典:Guardian:"What does this vote mean if one feels utterly powerless in every other way?" by Suzanne Moore

 労働党左派もこのムードを感じ始めたから、潔癖左翼のジェレミー・コービンでさえ「移民について心配するのはレイシストではない」と言い始めたのだろう。オーウェン・ジョーンズらの左派論客や、労働党議員たちもある時期から同様のことを言い出した。戦略を切り替えたのだ。怒れる労働者たちを「レイシスト」と切り捨ててはいけない。むしろ、彼らをこそ説得しなければ離脱派が勝つと判断したからだ。

 そもそも、反グローバル主義、反新自由主義、反緊縮は、欧州の市民運動の三大スローガンと言ってもよく、そのグローバル資本主義と新自由主義と緊縮財政押しつけの権化ともいえるのがEUで、その最大の被害者が末端の労働者たちだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ルイジアナ州に州兵1000人派遣か、国防総省が計画

ワールド

中国軍、南シナ海巡りフィリピンけん制 日米比が合同

ワールド

英ロンドンで大規模デモ、反移民訴え 11万人参加

ビジネス

フィッチが仏国債格下げ、過去最低「Aプラス」 財政
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中