最新記事

経営者

シャープ買収を目指す鴻海の異才・郭台銘は「炎上王」だった

2016年2月26日(金)19時40分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

「尖閣諸島を買収してもいい」

 2012年、鴻海によるシャープへの出資が取りざたされていた時のエピソード。郭会長は株主総会で、シャープと提携すれば韓国のサムスンを倒せると発言。日台関係の懸案である尖閣問題については、「尖閣諸島を買収してもいい。そして日本と共同開発する」と言った。

 日台関係を改善したいという思いからの発言と思われるが、領土問題を金で解決するという発想に台湾ネットユーザーから一斉にツッコミが入る一幕となった。

「新卒給与が7.5万円以下の企業なんて聞いたことがない」

 台湾の格差問題を象徴するキーワードが「22K」だ。2010年頃からの問題だが、大卒初任給が2万2000台湾ドル(約7万5000円)に抑えられている企業が多いとの意味である。過酷な受験競争を生き抜いた末に、この給料では生きていけないというわけだ。

 2014年、郭会長は「新卒給与が22K以下の企業なんて聞いたことがありません。そんな会社があれば私が買収して36Kにまで上げますよ」と発言した。ところがこの後、ネットでは「私の給料は22K以下なんですが」との書き込みが殺到。さらには鴻海グループに勤める会社員が「私の給料は16Kです。早いところ買収してください。あれ、もう傘下だったっけ?」と暴露し、大騒ぎとなった。

「民主主義ではメシは食えない」

 学生たちによる議会占拠、いわゆる「ひまわり学生運動」が終わって約1カ月が過ぎた2014年5月の発言。


台湾経済は実際のところそんなにひどくもない。経済構造は転換しないとだめだがね。それなのに1回の街頭運動でどれだけの社会資源を消耗していることか。民主主義ではメシは食えない。民主主義は経済力に依存しているんだ。競争力、向上力、各種活動の背後にはいずれもコストがあるが、(デモなどの)見えないコストがどれだけ国家のリソースを消費しているか。
(...)民主主義はGDPには何の役にもたたない。民主主義が国家の重要な人材、政府のエネルギー、治安維持の警察力を無駄に浪費されている。

 まあ読めばわかるとおりに人の逆鱗に触れる発言で見事に炎上。

「(民進党が勝ったら)台湾での投資を縮小せざるを得ない」

 2014年秋に台湾では統一地方選挙が行われた。中国本土と距離を置くべきだと主張する野党・民進党の優勢が伝えられるなか、テレビに出演した郭会長は、台湾の問題は「政治の理屈で経済を考えていること」「中台の信頼関係が後退していること」だと発言して民進党を牽制。こんな状況では台湾での投資を縮小せざるを得ないと発言した。

【参考記事】「台湾は中国の島」という幻想を砕いた蔡英文の「血」

 これが「私に台湾との離別を強要するな」との見出しで報じられ話題に。ネットでは「もうなんでもいいから出て行け」との書き込みが集まった。

好き嫌いの分かれる直言型の経営者

 台湾で「炎上王」としての地位を確立している郭台銘会長。思ったことをそのまま発言してしまう直言型の経営者と言えそうだ。蛇蝎のごとく忌み嫌う人も少なくないが、一方で「身もふたもないが正論を話している」と理解を示す人もいる。

 なにせ創業から30年あまりで台湾ナンバーワン、世界でも有数の大企業を作り上げた異才である。強烈なキャラクターがあってもむしろ当然と言うべきか。もしシャープの買収が成功したら、「和を以て貴しとなす」日本の企業文化に爆弾のような影響をもたらすことは間違いない。それが良いことなのか悪いことなのかはともかくとして、停滞する日本社会を変える人材であることは間違いない。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中