あの男が広めた流行語「PC」って何のこと?
真っ向からそれを否定するトランプのおかげでキーワードとなったが、人々が「政治的に公正でない」暴言に喝采を送るのには理由がある
PC= Politically Correct 「政治的に公正じゃないことは分かっているんだけど……」を枕ことばに次々と暴言を吐くドナルド・トランプだが、その「戦い」に多くの国民が同調している Scott Morgan-REUTERS
気が早いけれど、日本の今年の流行語大賞候補は「卒論」とか「センテンススプリング」らしいですね(ほんと?)。一方で、今年11月に大統領選挙を控えるアメリカで大流行している言葉と言えば、「Political Correctness(ポリティカル・コレクトネス)」。略して「PC」だ。
ポリティカル・コレクトネスとは、差別や偏見に基づいた表現を「政治的に公正」なものに是正すべきという考え方のこと。主に人種や性別、性的嗜好、身体障害に関わる用語や認識から差別をなくすことを言う。
アメリカでは80年代ごろからたびたび論争を呼んできた言葉だが、昨年からは一層頻繁に耳にするようになった。共和党の大統領候補指名獲得レースで首位を独走中のドナルド・トランプが声高に叫び、同時にそれを真っ向から否定しているからだ。
トランプが身も蓋もない暴言を吐き、支持者たちが拍手喝采するたびに聞かれるのが、この「ポリティカル・コレクトネス」という言葉。トランプは、「ポリティカリー・コレクト(政治的に公正)じゃないことは分かっているんだけど......」とあらかじめ「言い訳」した上で、政治的に公正でないことを大声で言う。これに対して支持者も、「トランプの発言がPCじゃないのは分かっているけど......」と前置きしてから、「彼はみんなが心の中で思っていても言えないことをただ口にしているだけだ」と擁護する。
私は初め「I know it's not PC, but...」という言い回しを聞いて、何のことやら分からなかったが、このフレーズはどうやら開き直る際の枕ことばのようだ。
トランプの暴言語録は枚挙に暇がない。例えば:
「(移民政策の一環として)わが国が現状を把握できるまで、イスラム教徒のアメリカへの入国を包括的かつ完全に禁止することを要求する」
「メキシコからの移民は(アメリカに)麻薬を持ってくる。犯罪を持ってくる。彼らはレイプ魔だ」
「(同じ共和党の女性候補カーリー・フィオリーナについて)あの顔を見てみろよ! あれに投票する人なんているのか? あの顔が次の大統領だなんて想像できるか!?」
「(FOXニュースの女性アナウンサーで、トランプを批判したメギン・ケリーに対して)彼女の目から血が流れているのが分かっただろう。流血していた、彼女自身のどこかから」
こうした発言は「政治的に公正」とは言いがたく、特にイスラム教徒の入国禁止はヒトラーのユダヤ排斥を彷彿させるほど差別的だ。それなのに、トランプは現在も共和党候補者の間で支持率41%と驚異的な人気を誇っている。なぜなのか。
理由の1つは、トランプが大統領選のライバルたち以前に、アメリカの「政治的公正さ」への戦いを挑んでいること。そして、多くの国民がその戦いに同調している。
ポリティカル・コレクトネスという概念は、もとは60年代の公民権運動や女性解放運動、ゲイ解放運動など差別是正運動の流れの中で芽吹き、80年代に大学を中心に実践されるようになった。多民族・多文化社会のアメリカにおいて、マイノリティーや弱者に寛容になろう、という呼びかけだったともいえる。