最新記事

文化

郊外の多文化主義(3)

「同胞」とは誰か

2015年12月9日(水)15時37分
谷口功一(首都大学東京法学系准教授)※アステイオン83より転載

顔のない定住化 日本の一部自治体では、日系ブラジル人が集住する公営団地を中心に貧困等の問題が発生しているが、それを文化対立や地域摩擦としてとらえるのは間違いだ(群馬県太田市のブラジル食材を扱うスーパーマーケット) Yuya Shino-REUTERS


論壇誌「アステイオン」(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス)83号は、「マルティプル・ジャパン――多様化する『日本』」特集。同特集から、法哲学を専門とする首都大学東京准教授、谷口功一氏による論文「郊外の多文化主義」を4回に分けて転載する。(※転載にあたり、表記を一部変更しています)

※第1回:郊外の多文化主義(1) はこちら
※第2回:郊外の多文化主義(2) はこちら

多文化主義は失敗していない?

 さて、以下では先に見たような「多文化主義は失敗した」という、ともすれば排外主義とないまぜになりがちな主張に対しての解毒剤的な議論を紹介し、エスニシティとコミュニティをめぐる摩擦に関して、われわれがどのように向き合うべきなのかについて再考しておくことにしたい。ここでのポイントは第二節「多文化主義は失敗した?」の末尾で取り上げたマリクが主張する「区別すべきもの」の三つ目、「人びとと価値(peoples and value)」の区別に関連している。以下では、フランスとイギリスについて取り上げておきたい。

 例えば、フランスについては森千香子のいうように近年、社会を「スケープゴートの政治」が覆っていると見ることができる。現在、フランス国内では「移民の安全保障化」が保革対立を超えたコンセンサスになっているが、この背景には中間層の意識変容があり、彼らの多くが親世代よりも社会的に格下げされ、自分も転落するのではという不安を抱いている。このような「社会不安」が「内なる敵」としての移民に向けられているのである。この不安に乗じるのは、政治家にとってはローコスト・ハイリターンな戦略であり、そのような文脈の中で「ムスリム移民統合の失敗」という言説が跋扈しているのだが、これは実態と違うのではないかと森は指摘する。

 例えば、ムスリム移民の就学状況ひとつ取っても、彼らは、ほぼ全員が就学しており、あまつさえ、同じ階層なら移民の子のほうが成績は良い。つまり文化面での格差は縮小しているのである。また、イスラムの宗教実践の増大が「統合の失敗」の証左であるというのは浅薄な見解であり、「フランス風の食生活をしようとするからこそハラール食品を利用し始めている」というのが実態である。ムスリムの実践や要求が目立つようになったのは、彼らがフランス語を対等に操り、平等を要求出来るほどに統合が進んだからであり、また、それに対するバッシングが強化されたのは、フランス人とムスリム移民との「力関係が対等に近づいて来たこと」の表れなのである。(以上に関しては、森千香子「ムスリム移民はスケープゴート」『Wedge』2015年3月号を参照)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ住民の50%超が不公平な和平を懸念=世論

ワールド

北朝鮮、日米のミサイル共同生産合意を批判 「安保リ

ビジネス

相互関税「即時発効」と米政権、トランプ氏が2日発表

ビジネス

EQT、日本の不動産部門責任者にKKR幹部を任命
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中