最新記事

台湾経済

次の台湾総統を待つFTAとTPPの「中国ファクター」

民進党候補の蔡英文はTPP参加を目指すと表明したが、「何事も中国次第」という難題が台湾のFTA戦略を行き詰まらせている

2015年12月24日(木)18時54分
舛友雄大(シンガポール国立大学アジア・グローバリゼーション研究所研究員)

今後の動向はいかに 1月に行なわれる総統選挙で当選を有力視される蔡英文だが、台湾の競争力をどう維持するかという難題がすでに待ち構えている Pichi Chuang-REUTERS

 台北からそれほど遠くない板橋駅にある喫茶店で、「ひまわり学生運動」に参加した青年に会って話を聞いた。昨年3~4月、学生たちが中台のサービス貿易協定発効に反対し、立法院を占拠した運動だ。着ている黒いTシャツにプリントされた「自己的國家自己救(自分の国は自分で救う)」というスローガンが物語るように、政治に熱心な人で、立法院占拠が終わった後も政治活動をしているとのことだ。

 彼が教えてくれたところによると、学生運動に参加した左翼の若者の多くは、台湾の国内産業への影響を考えて自由貿易に慎重な見方をしており、一部の人々はさらに自由貿易そのものに反対しているそうだ。

 この運動のリーダー格である林飛帆氏は、後者に属するようだ。運動がまだ続いていたころ、彼は「東洋経済」のインタビューで以下のように語っている。「私の個人的考えから言えば、自由貿易協定そのものに疑問を抱いている。なぜなら、過去、自由貿易協定はいつも強者が弱者を支配しており、すべての大資本主義国家が弱者に資本を輸出したり、労働力を搾取したりしてきた」

 このような抵抗もあり、台湾はこの地域で進む経済統合から取り残されつつある。10月に各国が大筋合意した環太平洋パートナーシップ(TPP)、12月末に誕生予定のASEAN経済共同体(AEC)、11月に開催された日中韓首脳会談で交渉加速が確認された日中韓FTA(自由貿易協定)、そして中国が主導する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)。これらメガFTA・経済協力枠組みの参加国に台湾の名前はない。

 特に、情報・通信技術分野で台湾のライバルである韓国は、アメリカ、EUそして中国とのFTA締結をすでに済ませている。先日発効した韓中FTAについて、台湾の経済部は実に4分の1近くの工業製品が韓国の脅威にさらされると分析している。大陸側はかつて関税の引き下げや土地使用料の免除などで台湾からの投資を呼び込んでいたが、このようにして台湾企業が中国市場で維持してきた優位性は消えつつある。

 台湾当局は現状に対して危機感を募らせている。ある経済担当の台湾の外交官は、資源のない島国にとって、FTAは「水や電気といったインフラと同じようなもの」であるにもかかわらず、自由貿易を推し進める機運が高まらない、と嘆く。アジア開発銀行(ADB)の統計によると、交渉中を含めたFTAの数でわずか9つにとどまる台湾は、日本(24)、韓国(22)、中国(22)やシンガポール(33)と比べて大きく遅れをとっている。

 台湾の貿易依存度(GDPに対する貿易額の比率)は2013年に120%となっており、他国よりも貿易の重要性が高い。さらに中間財が台湾の輸出の74%を占めていることは、台湾がアジアのサプライチェーンに深く組み込まれていることを示している。政策研究大学院大学政策研究院の川崎研一シニアフェローの推計によると、関税撤廃と非関税障壁の削減において、TPPに不参加の場合、台湾の所得損失がGDP比1.0%となり、RCEPに不参加の場合は同3.6%に達するという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中