最新記事

中国

PM2.5告発動画は誰の差し金か

大気汚染源の石炭・石油業界を告発するドキュメンタリーが1日1億回も再生を許された理由

2015年3月17日(火)16時29分
長岡義博(本誌記者)

本気? 環境汚染と戦うという習近平の言葉は本物か Aly Song-Reuters

 中国の大都市は、今も1年の大半を「灰色の霧」に覆われている。消えない大気汚染物質PM2.5に人々のいら立ちは募るばかりだ。中国中央電視台(CCTV)の元キャスター柴静(チャイ・チン)が自費100万元(約2000万円)を投じて制作したPM2.5の告発ドキュメンタリーが先月末にネットで公開され、たった1日で1億回も再生されたのはその表れと言っていい。

 汚染原因を放置する石炭・石油業界の矛盾を追及するこの作品が社会現象になったのは、圧倒的な取材量と洗練された演出ゆえ。ただ、この映像が公開されたのは、年に1度の全国人民代表大会が始まる直前だった。そして、政治的に敏感なテーマである環境汚染を正面から扱う同作品が、ブロックされた先週末まで見られたのはなぜか。

 映像は国有企業の中国石油天然気集団(CNPC)がクリーンな天然ガスの普及を妨げ、問題解決を遅らせていると告発した。CNPCをはじめとするエネルギー業界は、習近平(シー・チンピン)政権の汚職狩りの重要なターゲットだ。さらに巨額の政府補助金を受け、大量の石炭を使って鉄鋼を製造し続ける旧態依然とした産業構造も批判された。

 環境保護、腐敗根絶、構造改革──。経済の急成長を捨て、安定した社会づくりを目指す政府に寄り添った内容だ。実際、柴静は映像の最初の公開先として、共産党機関紙人民日報のウェブサイトを選んでいた。

「だからと言って政府の意図をくんで作品を作ったとは限らない」と、中国の環境問題とメディア事情に詳しい東京大学の阿古智子准教授は言う。「むしろ政府の力を利用したのだろう。体制と真正面からぶつかるやり方が、必ずしも中国で成果を挙げるわけではない」

 中国では一部の環境NGOこそ活動を許されているが、拘束された環境保護活動家も多い。「習政権がリベラル派の声を聞く兆候かもしれない。ただし騒ぎが大きくなり過ぎれば、彼らはさらなる引き締めに走る」と、中国人ジャーナリストの喩塵(ユィ・チェン)は言う。「両刃の剣だ」

 今後、中国では告発ドキュメンタリーが流行するだろう、とも喩塵は言う。誰もが柴静のように作れるわけではないが。

[2015年3月17日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米国民、「大統領と王の違い」理解する必要=最高裁リ

ワールド

ロシアの26年予算案は「戦時予算」、社会保障費の確

ビジネス

米8月小売売上高0.6%増、3カ月連続増で予想上回

ワールド

トランプ氏、豪首相と来週会談の可能性 AUKUS巡
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがまさかの「お仕置き」!
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中