反米カリスマ、チャベスが残した負の遺産
「社会革命」も崖っぷち
くしくもチャベスが独裁政権の基礎を固めつつあった時期に、中南米では民主主義が芽生えていた。新たに民主国家となった国の指導者たちは、チャベスの手法に目をつぶった。
昨年、パラグアイの上院がフェルナンド・ルゴ大統領を罷免すると、南米南部共同市場(メルコスル)は「民主主義条項への違反」としてパラグアイの参加を一時停止した。その一方でメルコスルは、ベネズエラの参加を満場一致で認めている。
国民にとってもチャベスの手法は些細な問題でしかなかった。彼らにとってチャベスは、恵まれない家庭で育ち、石油が生み出す金をエリートから奪い返す軍靴を履いたロビン・フッドだ。チャベスがベネズエラ石油公社 (PDVSA)を掌握し、利益の一部を社会支援プログラムに回すと、国民は拍手喝采した。
スラム街の環境改善や識字率の向上、医療の無償化などを掲げた社会プログラム「ミッション」が失敗したのは当然といえた。カラカスで廃墟となったオフィスビルに不法占拠者がはびこったのも、公営住宅建設計画が頓挫した証拠だった。それでも失敗を成功に見せ掛けることにかけて、チャベスをしのぐ者はいなかった。
チャベスの魔法は次第に解けていく。「チャビスモ」と呼ばれる金にあかせたポピュリズムと個人崇拝を軸にした政治が14年続いた後、ベネズエラ経済は行き詰まりを迎える。
ベネズエラの昨年の対外債務は08年から192%増の1080億ドルだ。同じく昨年は公共支出が実質26%拡大した。チャベスが4選を狙う大統領選が10月に控えていたためだ。
チャベスの時代にはインフレが急速に進み、今年は実に33%に達するとみられる。政府は通貨ボリバルの大胆な切り下げを実施したが、闇市場では1ドル=約23ボリバルと、公定レートの4分の1にまで急落している。
資本も大変な勢いでベネズエラから逃避している。ゴールドマン・サックスによれば、資本逃避額は08年の610億ドルから今は1560億ドルに急増した。
ベネズエラの問題を生んだのは、運ではなく人だ。世界有数の産油国なのに、経済は浪費と資金難にあえいでいる。チャベスが広範な企業を国有化すると、外国人投資家はベネズエラから資金を引き揚げた。
スーパーに行っても、牛乳からトイレットペーパーまであらゆる物資が不足している。最近も人々は小麦粉を買うために何時間も列をつくった。
少なくとも責任の一端は、社会プログラムに巨額のオイルマネーを惜しまず注ぎ込んだチャベスにある。業界の優等生だったPDVSAは今では赤字を抱え、産油量も15年前に比べて50万バレル減った。
ベネズエラ経済の足かせとなっているものは明らかだ。エコノミストのフランシスコ・ロドリゲスは、今年の経済成長率はマイナス3・5%ほどになると予測している。これが現実になれば、ボリバル革命の象徴的存在である社会革命は存続も危うくなると、彼は言う。これからのベネズエラを支える指導者たちには、「21世紀の社会主義」を約束したチャベスの負の遺産が残る。
楽観的な見方の中には、マドゥロ暫定大統領や別のチャベス派が政権を握れば、敵対勢力や反政府派と歩み寄って挙国一致の体制を取らざるを得ないというものもある。だが、これは希望的観測かもしれない。
「次期政権はもっと過激になる」と語るのは、投資銀行BCPセキュリティーズのウォルター・モラノ頭取。「キューバや中国、イランなど『旧友』に近づき、自分たちの邪魔をするものは誰であれ排除するだろう」
こうした予測がベネズエラ国民の耳に届いているかどうかは分からない。「中立系のメディアを排除する動きはさらに強まる」と、前出の大手メディア幹部は言う。「政府はさらにスケープゴートをつくり出し、メディア攻撃を続けるだろう」
赤い波に包まれたカラカスを次に襲うのは、どんな波なのか。