最新記事

台湾

中台FTAが米中衝突の火種に

自由貿易協定(FTA)にはいつも賛成の立場だが、台湾の対中FTAだけは警戒せずにいられない

2010年5月17日(月)18時06分
ダニエル・ドレズナー(米タフツ大学国際政治学教授)

独立が危うい? ECFAの締結を急ぐ馬総統に反対の声を上げる人々(台北、4月25日) Nicky Loh-Reuters

 私はこれまで、気に入らない自由貿易協定(FTA)というものにお目にかかったことはない。それにFTAは、経済以外の利益を伴うことも多い。例えば、アメリカとFTAを締結した国では人権問題が改善されることがよくある。

 しかし中国と台湾の間のFTAにあたる経済協力枠組み協定(ECFA)に関して5月12日付のニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたジョナサン・アダムズの記事を読み、私は考え込んでしまった。


 中国製の靴など多くの手工業製品にかかる関税を引き下げる協定の交渉が中台間で進むなか、台湾では伝統工業の靴製造業などが苦境に立たされるのではないかという不安が高まっている。この協定でハイテク業界や金融業、その他の分野では大陸の巨大市場に自由に進出できるというメリットがあるにしてもだ。

 台湾政府は、協定から得られる恩恵はマイナス面をはるかに凌駕すると主張する。馬英九(マー・インチウ)総統は、協定によって中国との経済関係を完全に正常化し、さらに他の外国市場へのアクセス拡大も望んでいる。馬は先月こう語った。「外交上の孤立はなんとかなるが、経済上の孤立は致命的だ」

 中国とのECFAはマレーシア、シンガポール、ゆくゆくは日本やアメリカとの自由貿易協定につながると、馬政権は考えている。「ECFAが結ばれたら、他のFTAも締結して、中国を国際市場への中継地点としたい」と、台湾政府の交渉担当者、徐純芳(シュイ・チュンファン)貿易局副局長は言う。

 中国と台湾の経済はすでに深く結びついている。台湾政府によれば、台湾が90年代前半からこれまでに中国に投資した額は1500億ドルに上る。台湾の輸出品の約40%が中国向けで、平均9%の関税がかかっている。これら対中輸出品の50%は半製品で、中国の工場で組み立てられたり付加価値サービスを加えられたりして、再び中国から輸出される。


経済的利益の代償は

 これで、台湾がECFAを締結したい理由は明らかだ。台湾経済は、中国大陸への関税なしのアクセスといった恩恵を受けられるようになるのだ。

 とはいえ、安全保障上は問題が多い。中国が経済をテコにアメリカを動かそうとしても限度があるが、台湾は中国経済への一方的な依存を強めることになる。台湾と中国大陸はすでに切っても切り離せない相互依存関係にあるが、この協定を結べば後戻りできない一線を超えることになるのは確実だ。
 
 協定締結後、中国はその影響力をどう使ってくるのか? 中国政府は常に長期的にモノを考えるので、台湾政界に中国寄りの利益団体を育てて両国の経済関係に波風が立たないようにするだろう。問題は、中国がその経済的なテコを政治的影響力に転換しようとするときだ。中国はこの点ではしばしば不器用で、今から数年後にそうした要領の悪さを露呈してしまうことは容易に想像できる。

 私は悲観的すぎるのかもしれない。だが1つだけ確かなのは、アメリカと中国という2つの超大国が衝突するとしたら、その火種は台湾だ。だから私は、この中台間の自由貿易協定という問題にとても神経質になってしまう。

Reprinted with permission from Daniel W. Drezner's blog, 17/05/2010. © 2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ

ワールド

OPECプラス有志国、8月増産拡大を検討へ 日量5

ワールド

トランプ氏、ウクライナ防衛に「パトリオットミサイル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    反省の色なし...ライブ中に女性客が乱入、演奏中止に…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中