最新記事

ヨーロッパ

ベルリンの壁崩壊20年、中欧の失望

壁の崩壊は民主化への扉を開いたが、旧共産圏諸国は今もソ連型独裁政治の名残をとどめている

2009年11月9日(月)15時28分
ポール・ホッケノス(インテルナツィオナール・ポリティーク誌編集者)

 89年11月のベルリンの壁崩壊から、もうすぐ20年。あれから中欧諸国では共産主義政権が次々と倒れ、平和的な体制変革が続いた。反体制派の劇作家として「ビロード革命」を率い、チェコスロバキア(当時)の大統領となったバツラフ・ハベルは世界に向けて、自分たちはヨーロッパ政治の良心になると誓ったものだ。

 しかし、その後の20年は必ずしも手放しで喜べるものではなかった。冷戦の傷跡はどうにか消えたが、中欧諸国の加盟でEU(欧州連合)の進歩的な価値観が薄まり、愛国主義的なポピュリズムが再び頭をもたげてきたのも事実だ。

 ハベルは就任直後の90年1月1日に行った有名な演説で、自国の「大いなる創造的かつ精神的な可能性」と「人道的かつ民主的な伝統」をうたい上げた。かつて中欧が「ヨーロッパの精神的な核」であった記憶を想起し、自分たちは再び重要な役割を果たし、欧州大陸に前向きで新しい貢献をすると予言してみせた。

 ある意味で、その後の中欧諸国の進歩は目覚ましいものだった。その証拠に、中欧のすべての国が今やEUの一員となっている。自由な民主主義に不可欠な選挙制度や司法機関、人権の保護といった要素もすべてそろっている。

極右政党が政権に参加

 しかし民主主義の風土が根付いたかと言えば、残念ながらほかのヨーロッパ諸国には及ばない。ソ連型の独裁政治の影響が今も社会に色濃く残り、その傷はまだ癒えていない。

 右にはひどく頑迷な民族主義勢力がいて不気味なほどの支持を集めているし、左には旧共産党系の残党がいて、過去をきちっと清算しないまま、一定の勢力を保ち続けている。

 西欧諸国にも極端な主張を掲げる政党は存在する。例えばフランスには極右の国民戦線があるが、その影響力は限られている。だが中欧諸国では、こうした勢力が取るに足らない少数派ではなく、堂々と政権に加わっている。ハンガリーやポーランド、スロバキアでは極右政党が連立政権の一翼を担ってきた。

 ポーランドの「法と正義」党は、カトリック教会の超保守的な家族観・女性観をそのまま政治に持ち込んでいる。スロバキアの連立政権には、第二次大戦でファシスト側に付いた同国の過去の清算を拒み、欧州議会から「民族的な偏見と人種的憎悪」を助長していると非難された極右のスロバキア国民党が参加している。

 こうした党派や大衆運動は巧みに世論の動向をつかみ、その方向性を左右してきた。結果、中欧諸国の世論は今も危うさをはらんでいる。「世界価値観調査」によれば、同性愛者や肌の色の違う人が近所に住むことを嫌う人の割合は、スロベニアやポーランド、ルーマニアではイギリスやスペインの2倍近くに達する。

 また人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウオッチなどの調査によれば、中欧諸国では今も反ユダヤ主義の風潮が根強く、国内にはユダヤ人がほとんどいないのに、国営メディアがそうした風潮を助長することもあるという。西欧諸国の人に比べて、民主主義や穏健な政治路線、EUへの信頼感がずっと低いという調査結果もある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政権、「第三世界諸国」からの移民を恒久的に停止へ

ワールド

中国万科をS&Pが格下げ、元建て社債は過去最安値に

ワールド

鳥インフルのパンデミック、コロナ禍より深刻な可能性

ワールド

印マヒンドラ&マヒンドラ、新型電動SUV発売 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中