最新記事

朝鮮半島

北朝鮮に厳しい制裁を課すな

北朝鮮が7月にハワイに向けてミサイルを発射すると報じられたが、あの国の経済を締め上げ過ぎれば、核兵器を世界で売りさばくという最悪の展開になりかねない

2009年6月20日(土)00時04分
チャールズ・ファーガソン(米外交評議会科学技術上級研究員)

撃ち落せるか ハワイ沖で行われた、海上自衛隊のイージス艦に搭載された海上配備型迎撃ミサイルによる迎撃訓練(07年12月17日) Reuters

 6月18日のニュースを聞いて不安になるのは当然だろう。7月に北朝鮮がハワイに向けて弾道ミサイルを発射するかもしれないというのだ。

 だが、アメリカと同盟国はパニックに陥りたくなる衝動をこらえるべきだ。北朝鮮の核と長距離弾道ミサイルの能力はまだ初歩的段階で、あと数年はその段階にとどまる可能性が高い(失敗に終わった過去の実験から考えると、北朝鮮からの長距離ミサイルはハワイまで届きそうにない。むしろ金正日は、ハワイで生まれ育ったオバマ大統領にメッセージを送ろうとしているのかもしれない)。

 実は、恐れるべきは恐怖心そのものだ。恐怖に駆られて北朝鮮に厳しい経済制裁が課されたら、起こりうる最悪のシナリオが現実のものとなりかねない。北朝鮮が核兵器あるいは武器に転用できる核物質を世界で売りさばくというシナリオだ。

 現時点では、北朝鮮が弾道ミサイルや航空機からアメリカに核攻撃をしかけるという恐怖は、現実味を帯びていない。

 いつかは長距離弾道ミサイル「テポドン」がアメリカ大陸を攻撃できる能力を備えるかもしれない。だが近年の2回の実験が失敗に終わったことから、技術的な欠陥に対処するには少なくともあと数回は実験を重ねる必要があると思われる。しかもテポドンは重さ500キロの核弾頭を大陸をまたいで運べそうにない。北朝鮮にはアメリカに核爆弾を落とせるだけの長距離爆撃機もない。

 そのうえ北朝鮮は、放射能を大量に放出する確かな核兵器をまだ開発できていない。06年10月の初の核実験での爆発規模は、中国に伝えた4キロトンという予想にはほど遠かった(4キロトンでさえ、45年に長崎に落とされたプルトニウム型原爆の20キロトンよりはるかに小さい)。

 5月に行われた2回目の核実験は成功だったと多くの専門家はみている。その爆発規模は推定2~4キロトンだった。北朝鮮は限られた量のプルトニウムの備蓄を有効に使うため、小型の核爆弾の製造を目指しているのかもしれない。北朝鮮には、長崎型の核爆弾を3~8個、もっと小型の核爆弾だったらその倍以上の数を製造できるくらいの核分裂性物質があるかもしれない。

 だが、北朝鮮は少なくともあと数カ月はプルトニウムの備蓄を増やすことはできないだろう。寧辺にある原子炉を修理するにはそれくらいの時間を要するからだ。修理が終わった時点でも、毎年1個の核爆弾を作れるくらいのプルトニウムしか製造できない。

 北朝鮮は6月13日、核兵器の原料となるウランの濃縮計画を公式に表明して世界を驚かせたが、大量のウランを製造するにはあと数年かかると思われる。

核の恐怖から世界を救う国

 もちろん北朝鮮の核技術が比較的未発達だといって安心はできない。特に周辺に位置する韓国と日本にとって北朝鮮の脅威は深刻だ。ソウルは北朝鮮の膨大な数の砲撃目標の範囲内で、北朝鮮は韓国を「火の海」にできると繰り返し警告してきた。

 だがアメリカが韓国と日本の防衛を約束し続ける限り、このシナリオは現実的ではない。オバマ政権はその姿勢を再確認したばかりだ。

 最も深刻な心配は、北朝鮮が核やミサイルの技術を他の国や、テロ組織などに売却するかもしれないことだ。

 北朝鮮は近年、既にパキスタン、イラン、エジプト、リビア、シリア、ベトナム、イエメンに数億ドル相当のミサイルを売ってきた。シリアがプルトニウム生産目的の原子炉を建設するのにも手を貸した(07年9月、イスラエルがこの建設現場を爆撃)。厳しい経済状況に直面している北朝鮮が、唯一の専門分野である核技術で稼ごうとする強い動機があるのは間違いない。

 私たちが知る限り、北朝鮮はこれまで核兵器や核物質を他の国やテロ組織などの非国家に売却することを自粛してきた。だが厳しい経済制裁が課されれば、売却せざるを得ないと感じるかもしれない。

 このシナリオをこれまで阻止してきたのは中国だ。北朝鮮の崩壊を恐れる中国は、国連安全保障理事会で北朝鮮に過酷な制裁を課したり武力行使を容認する決議を妨げてきた。一見残念な展開に見えるが、実はありがたいことかもしれない。世界を核の恐怖から救ってくれているのかもしれないのだ。


Reprinted with permission from www.ForeignPolicy.com, 06/24/2009. © 2009 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ダライ・ラマ「130歳以上生きたい」、90歳誕生日

ワールド

米テキサス州洪水の死者43人に、子ども15人犠牲 

ワールド

マスク氏、「アメリカ党」結成と投稿 中間選挙にらみ

ビジネス

アングル:プラダ「炎上」が商機に、インドの伝統的サ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中