最新記事

朝鮮半島

怒ったオバマの新北朝鮮外交

拘束した米国人記者2人を有罪にするなど挑発を止めない北朝鮮に、オバマ政権は体制転換を考え始めた?

2009年6月10日(水)19時22分
クリスチャン・ブロス(ライス前米国務長官主席スピーチライター兼政策顧問)

交渉の行方 米国人記者の解放を求めるデモに参加する学生(6月9日、ソウル) Lee Jae-Won-Reuters

 北朝鮮はこのところ、ミサイル発射に核実験、米国人記者2人の拘束と、いたるところでけんかを売っている。米ニューヨーク・タイムズ紙は6月7日、この状況を前にしてオバマ政権が北朝鮮政策の大幅な見直しを図っているようだと報じた。


 6月6日、オバマ大統領は訪問先のフランスで記者会見を開き、こう語った。「北朝鮮が周辺地域を不安定化させても、われわれは従来と同じ対応をとる――このパターンが繰り返されるなどと思い込むべきではない。挑発に対して褒美を与える政策を続けるつもりはない」

 先週、大統領の中東・欧州歴訪中に複数の政府高官が述べたところによると、オバマの安全保障政策チームは、クリントンとブッシュ政権下で過去16年間、アメリカの対北朝鮮政策の核とされてきた仮説を捨てつつある。その仮説とは、北朝鮮にエネルギーや食糧、経済支援を与え、さらにアメリカが金正日政権を転覆しないと確約すれば、北朝鮮は最終的には核兵器を放棄するだろうというものだ。
 
 北朝鮮の2回目の核実験の結果(どのくらい成功したのかははっきりしていない)を受けて、オバマ政権はこれまでとは違う結論に達した。北朝鮮政府の最優先目標とは、核保有国として認められること。金政権は核兵器を交渉で手放す気などなく、核実験は自国の核開発技術を国外に売るための披露の場だと考えている。


 こうしたオバマ政権の態度は、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んで敵視したブッシュ政権初期(01年~02年)を想起させる。オバマはこの16年間の仮説を捨てて、北朝鮮に対して強硬政策に転換するのだろうか。

封じ込めには核拡散のリスク

 私の見方は懐疑的だ。現時点でオバマ政権は、自分たちの政策はどうあるべきかより、どうあってはならないかを強調しているのではないか。つまり弱腰であってはならない、と語っているだけのように思える。

 論理的に考えてみればいい。北朝鮮への締め付けを厳しくすることそれ自体は、政策ではない。もっと大きな目標を達成するための戦術だ。もしオバマ政権が今、これまでの仮設がもはや通じず、北朝鮮は交渉で核兵器を手放すつもりなどないと思うのなら、新政策の新たな目標とは何だろう。

 もっときつく締め上げさえすれば、降参して核兵器を手放すとも思えない。そうなれば最高だが、オバマ政権自身の論理でいけば、北朝鮮が唯一のカードを喜んで差し出すと信じる根拠はない。アメリカがさらなる経済制裁を加えても、苦しむのはすでに飢えて追い詰められた国民だけだ。

 ならばオバマは北朝鮮の体制転換に乗り出したということなのか。近頃のオバマ政権の発言から論理的に考えると、これがオバマ政権が向かっている道のように見える。北朝鮮という国が態度を変えないのは体制自体が問題だから。つまり、問題を解決したければ、体制を転換させなければならない――これまでずっと、保守派が主張してきたことだ。

 とはいえ、オバマは体制転換が目的だとも言っていない。無条件で敵と交渉のテーブルに着き、アメリカ外交を再生するというオバマの公約と、体制転換という政策は対極に位置しているからだ。

 もう1つの選択肢は、単なる封じ込め(もしくは隔離)だ。どうせ北朝鮮の態度は変わらないので、この国が作り出す諸問題に蓋をすることに全力を傾けるのだ。ただし前提がある。これまでの数年間も北朝鮮の核兵器と共存してこられたのだから、これからも大丈夫だろう、というもの。核の流出など最悪の事態さえ回避できれば良しとする。

 しかしこの政策には危険がともなう。核拡散につながる動きすべてを未然に防ぐことはできないし(北朝鮮はシリアの原子炉建設を支援していたとされる)、封じ込め政策は効果がないと批判されるのは時間の問題だ。

結局はアメとムチ作戦の繰り返し

 その時になってもしオバマ政権が北朝鮮と交渉すれば、アメリカ国内や関係諸国から北朝鮮に対してもっと譲歩せよという圧力が生まれる。逆に交渉しないとなると、オバマ政権は外交を拒否したと叩かれる。

 もちろん、オバマは北朝鮮との2国間または多国間の交渉を拒否したわけではない。今後もしないはずだ。交渉を拒めば、オバマ政権に対するすべての期待が裏切られることになる。

 実際これまでのオバマ政権の行動パターンから考えて、現在オバマが北朝鮮に強硬な態度をとっているのは、今後の交渉でアメリカの立場を強めるためだと考えられる。だがこれでは、オバマ政権が否定した従来からのアメとムチ作戦の繰り返しではないのか。

 北朝鮮が変わると思うのも甘い。これまで北朝鮮は、些細な条件にこだわり、合意の期限を破り、啖呵を切って脅迫まがいの行動に出たり交渉を放棄して、交渉に戻る見返りとしてカネを要求してきた。

 もしこれがオバマ政権の行き着くところなら(大いにあり得る話だが)、過去16年間の「見世物外交」と同じだ。そして、結果もこれまでとまったく同じだろう。

Reprinted with permission from "Shadow Government" , 10/06/2009. © by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EU、リサイクル可能な電池・レアアース廃棄物の輸出

ビジネス

中立金利は推計に幅、政策金利の到達点に「若干の不確

ビジネス

日銀の国債買い入れ前提にせず財政政策運営=片山財務

ワールド

米下院補選で共和との差縮小、中間選挙へ勢いづく民主
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中