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脱プーチン流で春の気配

独自色を出し始めたメドベージェフ大統領は強権政治と決別できるのか

2009年5月29日(金)16時35分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)、アンナ・ネムツォーワ(モスクワ支局)

メドベージェフは脱プーチンでロシアを変えられるか Denis Sinyakov-Reuters

 就任から1年、ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領はある仕事で見事な手腕を発揮してきた。笑顔を作り、うなずきながら、リベラルな発言をするという仕事だ。ただし、それ以外には目立った成果を挙げていない。

 大統領自身は、自由は「絶対的な価値」だと公の場で強調している。だが、元上司で前任者のウラジーミル・プーチン現首相が推し進めた強権的政策からの決別を示す具体的な兆候はほとんどない。

 ロシアの反体制派は相変わらず嫌がらせを受け、政府にコネを持つ実業家は甘い汁を吸い続けている。プーチンの敵対勢力、特に投獄中の新興財閥ミハイル・ホドルコフスキーらのグループは裁判の被告席に立たされている。

 ロシアの実権は、依然としてプーチンと取り巻きの手にがっちりと握られたままだ。大統領のメドベージェフは事実上、若さと口当たりのいい発言が売りものの操り人形にすぎないように見える。

 だが最近になって、反対派の間からも大統領を過小評価していたのではないかという声が上がるようになった。メドベージェフはプーチンの一部の政策を公然と否定し始め、抑圧的な法令を見直し、政府に批判的な勢力の意見に耳を傾けようとしている。

 外交面では、プーチン流の強硬路線に目に見える変化はない。だが内政面では、10年続いた冬の時代に雪解けの気配が感じられるようになったと、多くの活動家が口をそろえる。

 「大統領の顧問会議に出席できるなんて、夢にも思わなかった。メドベージェフ大統領は私たちの意見に耳を傾け、私たちが作成した報告書に基づいて決定を下す」と、NGO(非政府組織)の国民汚職対策委員会の代表を務めるキリル・カバノフは言う。

 その一方で懐疑的な見方もある。特に4月21日、スベトラーナ・バフミナの早期釈放を認めたモスクワの地区裁判所の決定をめぐっては、世論の評価は真っ二つに割れている。ホドルコフスキーの石油会社ユコスの弁護士だったバフミナは、脱税の罪で5年間服役していたが、この決定で刑期満了前に仮釈放されることになった。

 司法が政治の干渉を受けることはないと、メドベージェフは一貫して主張してきたが、それを真に受ける人間は誰もいない。「この国では『上』の承認がなければ何も起きない。ユコス裁判のような政治的事件は特にそうだ」と、ジャーナリスト兼人権活動家のスベトラーナ・ソロキナは言う。

テレビの風刺劇が復活

 バフミナの早期釈放は、メドベージェフが改革の約束を実行に移し始めた証拠だ││一部にはそう受け止める声もある。だが一方では、バフミナはホドルコフスキーの裁判で被告に不利な証言をすることに同意したのではないかという見方もある。

 それでもムードの変化は確かに感じられる。最初の兆候は今年初め、メドベージェフがプーチン大統領時代に起草された厳格な国家反逆罪法の成立にストップをかけたことだ。この法律が誕生していれば、さまざまな反体制活動が刑事罰の対象になるところだった。

 メドベージェフの決定は、この法案は当局に政治弾圧の免許を与えるものだと批判する報告書の発表を受けた動きだった。報告書を共同執筆した法律専門家のエレナ・ルキヤノワによれば、法案の目的はシロビキと呼ばれるプーチン側近の強硬右派(その多くはプーチンと同じ秘密警察の出身者でもある)の利益を図ることにあった。「彼ら(シロビキ)には、独立した思考能力を持つ人間を排除する法的手段が必要だった」と、ルキヤノワは指摘する。

 メドベージェフは、それとは違うアプローチを取ろうとしている。大統領は先日、36の主要NGOの代表をクレムリンに招いて会談した。そのなかには08年に事務所が警察の家宅捜索を受け、ロシアの極右勢力に関する文書を押収された人権擁護団体メモリアルの責任者も含まれていた。

 メドベージェフは、プーチン時代の法令が「すべてのNGOは国家の敵」と位置付けているかのように解釈されたのは残念だと語り、NGOの活動は「私たちの社会を健全なものにする上で欠かせない」と述べた。

 雪解けを感じているのは人権団体だけではない。国家の統制下にあるテレビ局でも政治風刺劇の放送が復活するなど、限定的な自由化が進んでいる。2月には国営テレビ局の第1チャンネルで、ロシア産業企業家同盟のアレクサンドル・ショーヒン会長が、ホドルコフスキーの新たな罪での追起訴は完全なでっち上げだと批判した。

 ロシア国内のリベラル派は、まだ警戒を緩めていない。「言論の自由について語るのは早過ぎる」と、ボリス・ネムツォフ元第1副首相は言う。「それでも明るい兆しはある。政治的な春の兆候と言ってもいいかもしれない」

真の権力者は1人だけ

 メドベージェフとプーチンの表面的な手法は差があるが、両者の間に政治的・個人的な対立があることを示す兆候はほとんどない。「メドベージェフは革命家ではなく、改革者。ロシアの歴史が示しているように、改革者は古い体制の一部だ」と、モスクワのシンクタンク、政治技術研究所のアレクセイ・マカルキン副所長は言う。

 そもそもメドベージェフがプーチン流のやり方に戦いを挑んでいるという見方自体、希望的観測にすぎないという声もある。リベラル派ラジオ局「モスクワのこだま」のアレクセイ・ベネディクトフ編集長はこう指摘する。「(2人の差は)スタイルの違いにすぎない。大統領はまず首相に相談しないと、何の決定も下せない」

 この点については親プーチン派の見方もほぼ同じだ。「プーチンがつくり上げたロシアの国家体制は、強固で安定している」と、第1チャンネルの政治トーク番組『オドナコ』の司会者ミハイル・レオンチェフは言う。「権力が2つに枝分かれしているわけではない。権力者はあくまで1人だ」

 メドベージェフの新路線がうまくいけば、ロシアは変わる可能性がある。ただし、成功するかどうかは大いに疑問だ。

 メドベージェフは汚職対策の一環として、閣僚を含む高級官僚とその家族に全資産の公開を命じた。だが腐敗した政府高官との戦いは、自らの重要な権力基盤の一部との戦いでもある。「官僚たちは資産公開法を鼻で笑っている。これは本物の戦いではない。戦いのまね事だ」と、KGB(旧ソ連国家保安委員会)出身のゲンナジー・グドコフ下院議員は言う。

 世界的な景気後退のあおりを受けて、ロシアの連邦予算は3割以上削減され、インフレと失業率も上昇している。もはや国民は聞こえのいい言葉だけでは満足しない。求められているのは行動だ。

 だがメドベージェフが本気で改革に取り組んだとしても、まったく成果を挙げられずに終わるかもしれない。プーチンに近い守旧派の一部、特にユコスの解体で利益を得た人間たちは、メドベージェフの自由化路線を失敗させようと画策する可能性がある。具体的には、再びグルジアへの軍事行動に出ないとも限らない。

 たとえメドベージェフの汚職追放作戦の結果、何人かの腐敗官僚が法の裁きを受けたとしても、プーチンの取り巻きが罪に問われる可能性はほとんどない。

 それでもリベラル派の間には警戒心と同時に楽観的な見方が広がっている。本格的な春の到来はまだ先だが、少なくとも分厚い氷が割れ始めたことは確かだ。

[2009年5月 6日号掲載]

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