最新記事

アジア

北京五輪のシンボル「鳥の巣」に今日も閑古鳥が鳴く

オリンピックのために建てられた豪華なスタジアムが、使い道の見つからない巨大な金食い虫に

2009年4月21日(火)15時27分
メリンダ・リウ(北京支局長)

過去の栄光はどこに 「鳥の巣」の名で知られる五輪スタジアムも大会後の使い道が見つからない
 Jason Lee-Reuters

 中国はエンジニアが指導する計画経済国家。08年の北京五輪では、それが大きくプラスに働いた。指導部は大会開幕前に工場を閉鎖し、自動車の厳しい乗り入れ制限を行って、北京のスモッグを大幅に減らした。

 おまけに北京を訪れた人は、新しく造られた建築物に驚きの声を上げた。「鳥の巣」と呼ばれるメインスタジアムの国家体育場、重力に逆らうようなデザインの中央電視台(CCTV)本社ビル、近未来的な国家大劇院などだ。本誌でも北京の変化を、1860年代にオスマン男爵が進めたパリの都市改造になぞらえた。

 ところがパリと違って、北京の新しい建築物は空っぽのまま。街の新しいシンボルは、建築とデザインの才能より、マーケティング面の無能をさらけ出すことになった。

 国家体育場、CCTV本社ビル、国家大劇院の3つの建物には、合わせて約110億元(約1540億円)の建設費が投じられている。ところが営業的には大失敗だ。五輪後に収入を上げる方法を計画しておらず、火災まで起きたことから、財政難とイメージの悪化に苦しんでいる。

 シドニーなど他の開催都市では、五輪のために建てた建築物を観光資源やビジネスに活用している。しかし中国の指導部は、ともかく巨大建築物を建てることしか考えていなかった。「中国ではいつものことだが、ソフトがハードに追いついていない」と、北京在住のコンサルタント、ジェームズ・マグレガーは言う。

国家体育場だけでも総工費は30億元(約420億円)、維持費も年に約1億元(約14億円)かかる。だが確実な収入源といえば、空っぽのスタジアムの写真を撮る観光客の入場料だけ(1人50元=約700円)。08年10月には1日に8万人いた入場者は、09年3月には1万人にまで減っている。

「鳥の巣」を北京のプロサッカーチームの本拠地にする案もあった。しかし人気抜群のチームとはいえないため、「国民感情を害する可能性がある」という理由で取りやめになった。

 最近浮上した案は、もっと国民感情を害するかもしれない。隣にテーマパークを建設し、スタジアムは「観光産品会場」にするという。これはショッピングセンターのことだという噂を、指導部は否定している。

オープン前に火災で全焼

 もっと深刻なのは、50億元(約700億円)をかけたCCTV本社だ。オープン前の2月9日に、敷地内の高層ビルで火災が発生し、消防士1人が死亡、高さ158メートルのビルが全焼した。この建物では、5月からマンダリンオリエンタルホテルが営業を始める予定だった。

 火災の原因は、建築責任者が春節最終日の元宵節を祝うため、五輪開会式で使ったような大がかりな花火を無許可で打ち上げさせたこと。中国のメディアによれば、危険物取り扱い規則違反で10人以上が逮捕された。

 市民に「巨大なパンツ」と揶揄されている新社屋のツインタワーは無事だったが、今も空っぽのままだ。全焼した隣のビルの跡地をどうしたらいいか、CCTVは考えあぐねている。

「アヒルの卵」と呼ばれる国家大劇院は、チタンとガラスのドームで覆われた近未来的な外観だが、世界的な演奏家がなかなか来てくれない。それでも「莫大な」維持費がかかっていると、広報担当者は認めている。最近もンテナンスのために1カ月閉館。30億元(約420億円)の総工費のもとは取れそうにない。

上海万博では大丈夫?

 いま心配されるのは、10年に万博を開く上海が同じ失敗を繰り返すことだ。関係者は6カ月間の開催期間中に7000万人の入場者を予想しており、158年の万博の歴史で最大の規模にしたいとしている。

 ところが、いまだにアメリカが出展を正式決定していない。アメリカではパビリオンは民間資金で建てることになっているが、金融危機の影響で資金が集まらない。

 上海市当局は、いずれ米政府が企業に圧力をかけて資金を負担させるだろうと気楽に考えている。中国ではそれが普通だからだ。しかしアメリカが出展を取りやめる可能性は残っており、そうなれば上海にとっては大きな傷になる。

 万博関係者は金融危機の現実を直視するわけでも、万博の意義を訴えるわけでもなく、ただ米企業に圧力をかけている。上海万博局の洪浩(ホン・ハオ)局長は、アメリカの経済団体に「力を貸してくれる米企業のことは忘れない」と語った。上海のイギリス人ビジネスコンサルタント、ポール・フレンチに言わせれば、これは「力を貸さない企業はおしまいだ」というメッセージだ。

 それでも、万博は開かなくてはならない。フレンチの見るところ、上海市が資金不足の国のパビリオン建設を援助する羽目になっても、万博は必ず開催される。

 上海ではインフラ整備と万博運営に巨額の費用を投じる。だが、閉幕後には各国のパビリオンを取り壊すことに法律で決まっている。

 最近になって、事務局は万博閉幕後に大規模なパビリオンを郊外の東灘に移設する案を発表した。東灘は中国初の「エコシティー」として計画され、万博が開かれる10年までに5万棟のエコ住宅が建設される予定だった。

 だが、計画を推進していた上海市党委書記が汚職事件で解任され、プロジェクトは宙に浮いてしまった。まだエコ住宅は1つも建てられていない。確かにパビリオンを移設するにはうってつけだろうが。

 北京が本気でパリに負けないような都市になりたいのなら、豪華だけれど空っぽの建築をどうするか、考えなくてはならないだろう。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中