ワイン農園に支持されるカーボン・ファーミングの可能性
Cabernet With a Side of Carbon
計測困難な「貯留量」
一方、懐疑派は、カーボン・ファーミングは検証不足で、もっと効果的な温暖化防止策があるとみている。シルバーの同僚ロン・アマンドソンもその1人だ。アマンドソンは2018年の論文で温暖化対策としてのカーボン・ファーミングの文化的・科学的課題を指摘。00年には京都議定書の運用ルールを交渉する国連気候変動枠組み条約締約国会議にも出席した。
この時に語られたカーボン・ファーミングの可能性についての主張は、いま言われているのとほとんど変わらなかった。「20年間、啓蒙活動が展開され(効果を説く)多くの論文が書かれたが、土壌の工夫が気候変動に影響を及ぼすほどのCO2を貯留してきた形跡は大気中には見られない」と彼は言う。「いまだに期待とか仮定のレべルだ」
プリンストン大学の環境政策研究者ティモシー・サーチンガーは、世界資源研究所と共同で世界の持続可能な食糧供給について研究報告書を発表し、その中でカーボン・ファーミングも取り上げた。だがその内容は厳しいものだった。「われわれは(土壌の持つ)大量の炭素を貯留する能力について非常に疑わしく思っている。ほかにもっと取り組むべき重要なことがある」と、サーチンガーは言う。
サーチンガーらの結論は、「一般的なカーボン・ファーミングの手法により土壌中にどのくらいCO2が貯留されるかは不明」というものだ。土壌中のCO2貯留量の変化を計測するのは非常に難しく、専門家の間では貯留の定義すら統一されていない。
その上、不耕起栽培を長期にわたって続けることは難しい。栽培作物の残骸が積み重なっていけば、新たに種をまくのも難しくなるし土壌排水にも問題が起きかねない。かといって、一度でも地面を掘り起こせば、何年もかかって貯留されたCO2が大気中に出ていってしまう。
「こうした農法で相当量のCO2貯留を実現するには、あらゆる点で条件がそろわなければならないが、そんなことは実際には不可能だ」と、気候変動問題に関するシンクタンク、ブレークスルー研究所で食糧・農業政策を研究しているダン・ブロースタインレートは言う。
優れた農法としての価値
いずれの専門家も、CO2排出量が増加するなかでは土壌中での貯留よりも排出そのものの削減に焦点を当てることが不可欠だという点で意見は一致している。エネルギー効率の向上といった以前からある排出削減方法の中には、効果が非常に高いことが証明されたものがいくつもある。
カリフォルニア州における牛乳生産に関係した温室効果ガスの排出量(牛乳1リットル当たり)は過去50年で約半分に減った。家畜は同州におけるメタンガス排出源としては最も大きく、州は対策費としてこれまでに数億ドルを投じてきた。
その一方で同州は、カーボン・ファーミングへの投資も行ってきた。実践する農家などに対する補助金事業にはこれまで1700万ドル以上が投じられてきた。また、堆肥を使用した農場には「カーボンクレジット」が付与される。これは一種の奨励金で、対象となる行為がどのくらいのCO2貯留につながるか正確に分かっていることが前提だが、数値がはっきりしていないことも多く、専門家の間では議論になっている。
カーボン・ファーミングが温室効果ガス削減の確立された手法になるには、農家の実践と専門家の検証が欠かせない。ワイン農園が実践するカーボン・ファーミングについても、今後は詳しい調査が行われるべきかもしれない。
農法としての基本的な問題、つまりカーボン・ファーミングによって収穫量は変わるのかとか、堆肥の使用で土壌の保水能力が上がって干ばつに強くなるのかといった問いへの答えもまだ出ていない。だが今後、ナパのブドウ農家が、その答えを見つけ出す力になってくれるかもしれない。
堆肥の使用や不耕起栽培といったカーボン・ファーミングの手法が、比較的安いコストで健康な土壌作りに貢献することは確かだ。持続可能な農業の未来の創出につながる優れた農法であることは間違いなく、気候変動に対する効果の度合いばかりに目を向けていては、カーボン・ファーミングを取り入れる意義を見落としてしまうだろう。
© 2020, The Slate Group
2020年8月4日号(7月28日発売)は「ルポ新宿歌舞伎町 『夜の街』のリアル」特集。コロナでやり玉に挙がるホストクラブは本当に「けしからん」存在なのか――(ルポ執筆:石戸 諭) PLUS 押谷教授独占インタビュー「全国民PCRが感染の制御に役立たない理由」
[2020年7月14日号掲載]