経済不安、DV、孤独......不安と不確実性に満ちた世界のメンタルヘルス危機
Lockdown Trauma
精神疾患のコントロールに欠かせない習慣やメカニズムの多くが、今や継続不能。友人や家族と会うことも、対面のセラピーを受けることも、患者向けの活動に参加することも、好きなだけ外出することさえも無理。心身の健康にとって重要な日課が奪われ、目の前には不安と不確実性に満ちた未来が広がっている。
危機の別の側面もメンタルにのしかかる。社会的に脆弱な人々は失業や経済不安で大きな打撃を受け、その日の食事にも事欠くようになっている。イギリス各地でフードバンク活動を展開するトラッセル・トラストによると、ロックダウン開始から2週間の食品配布量は過去最大で、昨年同時期より81%増加した。
ドメスティックバイオレンス(DV)とそれに伴う心理・身体的危害の件数も、世界各地で増加している。経済不安やDVは精神疾患を増幅させ、対処可能な問題を危機に変えてしまう。ロックダウンによる孤立もまたそうだ。
これ以上耐えられないと感じれば、自殺という悲劇が起こる可能性がある。英警察は自殺・自殺未遂件数の増加を示す「初期兆候」を確認しているが、確かな傾向と判断するには時期尚早だという。
集団的トラウマの行方
政治ジャーナリストのフレーザー・ネルソンは、ロックダウンが原因の「防ぎ得る死」は英国内で15万件に上る可能性があるとみている。オーストラリアの科学者らの試算によれば、孤独感や孤立、メンタルケアなどへのアクセス不足が引き起こす可能性がある自殺の件数は、ロックダウンによって救われる命の数をはるかに上回る。
ただし、これらの計算モデルはどれも不確かな推定に基づいている。各国で経験が蓄積されれば、実態がよりはっきりしてくるだろう。
イギリスでは10年来続く保守党政権の下、メンタルヘルス部門は恒常的に財源不足だ。緊縮政策のせいで、その他の補助に頼ることもできない。「精神保健サービスへのアクセスを維持するための取り組みが十分でない」と、精神科看護師のカーラは筆者に語った。「けれど、最も懸念しているのは今回の危機から抜け出し始めたときのこと。現行制度は既に限界で、これから表れてくる集団的なトラウマや悲痛にどう対処すればいいか分からない」
自殺防止のためのホットライン活動を行う慈善団体サマリタンズの広報担当者は「現在、かかってくる電話のうち3件に1件は新型コロナウイルス関連だ」と話す。「メンタルヘルス、支援活動へのアクセス、食事や住宅や雇用などの基本的ニーズに関する悩みを訴える声が絶えない」
NHSは心と体の健康について早急に「評価の公平性」を担保し、どちらも同等に重視して、双方に同等の財源を振り向ける必要がある。精神疾患はイギリスの疾病負荷の23%を占めるが、NHS予算に精神疾患患者支援が占める割合は11%にすぎない。
精神疾患をめぐって膨らむ危機を、世界各国の政府は経済問題と同じ真剣さで受け止めるべきだ。べーシックインカム(最低所得保障)などの強力な対策で不安を軽減しなければ、経済的ストレスは必ず心の健康をむしばむことも認識しなければならない。
ロックダウンによって治療や適切な対処ができないなら、精神疾患はいずれ、イギリスの他の国にも大きな代償を迫ることになる。これは命の問題なのだ。
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