最も不安に駆られるのは大卒者 脳が不安に支配されるのはなぜ?
THE ANXIOUS BRAIN
背景にはインターネットとソーシャルメディアの普及があると、多くの研究者が指摘している。「絶えずニュースにアクセスでき、絶えず警告を受けていれば、信じ難いほどストレスを受け、人によってはパニックにもなる」と、ロサンゼルスの心理療法士、ジェニー・テーツは言う。「銃撃だの強盗だのといった情報がどんどん入ってくれば、自分もそんな目に遭うのではと身構える。指先で画面に触れるだけで現実に起きた悪夢が次々に再現される状況で、リラックスなんてできない」
ルドゥーにこの話をすると、現代が「特に厄介な時代」であることは認めた。元凶はもちろんネット。彼に言わせれば、ネットの登場は「人類に起きた最悪の事態の1つ」だ。
幸いにも、現代は脳科学が驚くべき秘密を明らかにしつつある時代でもある。近年、脳機能イメージング技術などの進歩で不安を生むメカニズムに関する研究が進み、不安は脳全体が関わる現象で、神経回路網の複雑な活動が絡むことが分かってきた。こうした研究の成果は、将来的には新薬や新治療の開発に役立ちそうだ。
「私たちは精神疾患の治療革命の最前線に位置している。とても胸躍る時代だ」と、米ソーク研究所の神経科学者ケイ・タイは言う。
恐怖と不安に関する研究では、ルドゥーの右に出る科学者はまずいない。1980年代に彼が研究を始めた当時は、情動を処理する脳の領域は大脳新皮質(思考をつかさどる部位)から信号を受けて働く、と考えられていた。つまり、状況を意識的に判断することで事後的に情動反応が生まれる、と信じられていたのだ。
精神分析の創始者であるジークムント・フロイトは、不安において「無意識」の要素が果たす役割についての概念を打ち立てたことで知られる。だがルドゥーの研究が世に出るまで、この概念に確固たる科学的裏付けはなかった。ラットを使った研究で、ルドゥーは意識的な思考とは別個に機能する新たな経路を発見した。感覚刺激は、感情の中枢として機能する脳の原始的な器官である扁桃体に直接伝わることが分かったのだ。
重要な意味を持つ発見だった。感情がどのようにして理性的な判断を圧倒するのか、なぜ人間は不合理な強い恐怖心にとらわれるのか、深いところから湧き上がる嫌な予感や不安にあらがえないように感じるメカニズムは何なのか、といった問いを理解するための大きな助けとなったからだ。
先読みして常に緊張状態に
襲ってくるライオンからとっさに身をかわしたり、車が突っ込んでくるのに気付いて飛びのくといった力を私たちに与えてくれるのが扁桃体だ。脳内の情報伝達経路には、大脳皮質(理性をつかさどる部位)を通り、速度が遅い「幹線道路」と、防御や生存に関わる部位に直接、速くつながる「裏道」がある。瞬時の反応(闘争逃走反応という)が可能なのはその裏道のおかげだ。
扁桃体に関する研究が進み、人間の脳がいかに恐怖(身近で差し迫った脅威によって引き起こされる感情)を処理するかについての理解も深まった。だが不安(将来のいずれかの時点で不運に見舞われる可能性を懸念する際に引き起こされる感情)については完全には説明してくれなかった。
90年代、専門家らはネズミを使った研究で、差し迫った危機は伴わない「不明確な脅威」に対処する際に、脳内の小さな器官「分界条床核(BNST)」が重要な役割を果たしていることを割り出した。BNSTは過度の警戒状態を維持する理由がある場合、つまり先の見えない状態に置かれて緊張し、ホルモンにより過覚醒状態が引き起こされた場合にスイッチが入る。「扁桃体の相手が恐怖だとすれば、BNSTの相手は不安だ」と、ルドゥーは言う。
この考えが人間にも当てはまることを確認したのが、ルイビル大学のブレダン・デピュー教授(心理学)。デピューは学生を1人ずつfMRI(機能的磁気共鳴映像法)の機械にかけ、まずは恐怖刺激として、怯えた顔の画像を見せて叫び声を聞かせた。
また、不明確な脅威を感じさせるため、被験者に白い画面を見せながら「いずれかの時点で恐怖に怯える顔や叫び声が再生される」と伝え、実際には平静な表情の顔と喫茶店でのしゃべり声(何を話しているかは分からない)を流した。すると、扁桃体は叫び声と怯えた顔が再生されると活性化し、BNSTは不明確な脅威に強く反応した。