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マイケルが残した「虐待の連鎖」の悲しい謎──被害男性とその家族の20年

Questioning the “Cycle of Abuse”

2019年06月11日(火)17時23分
ダニエル・エングバー

虐待の連鎖は20世紀半ばから、精神科医や犯罪学者の間で研究されるようになってきた。しかしいずれも、連続殺人犯や非行 少年の過去を調べて説明を試みるもので、犯罪者の記憶に頼る部分が多く、いまひとつ客観的な信頼性に欠けていた。

そこに逆転の発想をもたらしたのが、心理学者で犯罪学者のキャシー・スパッツ・ウィドムだ。ウィドムは89年、全く新しい方法で集めた虐待の連鎖に関するデータを発表した。犯罪者や非行少年の過去をたどるのではなく、虐待を受けた子供たちのその後の生涯を追ったのだ。

ネグレクトも将来に影響

ウィドムはまず、67〜71年に米中西部のある街の裁判所に登録された、虐待やネグレクト(育児放棄)の被害者900人をリストアップした。そして彼らとできるだけ条件が同じ子供たちからなる比較対照のコントロールグループを作った。年齢や人種、性別だけでなく、虐待被害者と同じ学校に通い、同じ地区に住んでいる子供を探し出した。その上で、2つのグループを約20年にわたり観察した。

その結果確認できたのは、虐待された子供は、確かに将来犯罪に手を染めるリスクが高いことだ。だがもっと重要なのは、暴力そのものは伴わないネグレクトも、将来の犯罪を予兆する要因となることだった。

調査対象者が成人して結婚すると、ウィドムは彼らの子供の情報も集め始めた。そして15年、それまで数十年間集めてきたデ ータの分析結果を発表した。このうち1本の論文で、ウィドムはとりわけ、虐待を受けた経験が将来の性犯罪につながる可能性を論じている。

それによると、コントロールグループで性犯罪の容疑で逮捕された人は4・5%だったのに対して、虐待やネグレクトの被害者のグループでは8・3%と約2倍だった。その一方で、性的虐待の被害者に限定してみると、後に性犯罪で逮捕される割合はさほど高くなかった。

ところがオーストラリアでは、似たような研究で異なる結果が示されている。16年に発表された論文によると、子供のとき性 的虐待を受けた男性3万8000人以上のうち、後に性犯罪で逮捕されたのは3%と、全人口で見たときの割合(0・8%) を大幅に上回った。

単純な説明は存在しない

とはいえ、性犯罪で逮捕される人は、子供のとき複数の形の虐待を受けていることが多い。性的虐待の被害者が、後に加害者に回ることを直接的に示す証拠は見つからなかった。

一方、カルガリー大学(カナダ)のシェリ・マディガン助教を中心とするチームは、虐待の連鎖に関する研究142件を分析。その結果、子供のときの虐待経験と後の虐待行為の間には「緩やかな関連性」があるとの結論に達したという。また、虐待のタイプによっては、世代間で連鎖しやすいものがあるとの見解を示している。

だが、子供のとき虐待を受けた人が、将来犯罪に手を染める相対的リスクが高いことが事実だったとしても、最も重要なのは、性的虐待の被害者が性犯罪者になるという絶対的リスクは、極めて低いことだ。例えば先述のオーストラリアの研究では、男性 の性犯罪者の96%は、自身が性的虐待を受けた経験は(少なくとも記録上は)ない。

多くの研究の結果が一致しないにもかかわらず、なぜ「虐待の連鎖」はこれほどもっともらしく受け入れられているのか。もしかすると子供の性的虐待ほどの忌むべき犯罪は予測可能で回避できる、あるいは一定のパターンに当てはまる子にしか起きないと考えたほうが安心できるからかもしれない。しかしこの問題はあまりにも多くの要因が絡んでいて、そんな単純な説明に納得するのは危険過ぎる。

はっきり言えることは1つ。ジャクソンやケリーは児童虐待を犯す傾向がわずかに高かったかもしれないが、虐待の被害者が加害者に転じる明確なパターンは存在しない、ということだ。

現実には、連鎖が断ち切られることもたくさんある。

©2019 The Slate Group


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[2019年3月26日号掲載]

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