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「EU共同スパイ学校」の目的とは...? 揺れる世界情勢を背景に欧州で何が起きているのか

2019年01月08日(火)16時45分
西川彩奈(フランス在住ジャーナリスト)

2017年の「PESCO」の発足時には、ドナルド・トゥスク欧州理事会議長は「夢が実現した」と喜び、フェデリカ・モゲリーニ外交安全上級代表は「歴史的」と表現した。

PESCOでは陸・海・空・サイバー作戦、合同訓練などに関する34の事業が定められ、各加盟国がそれぞれ事業を主導する。例えば、前出のギリシャ主導の「EU共同スパイ学校」創設計画も、34の事業の一環だ。他にも、下記のような野心的な事業計画が立てられている。


【PESCOにおける34事業の一例】

・「軍事のシェンゲン」と呼ばれる、加盟国内での軍の国境移動の円滑化
・最先端の無人戦闘攻撃機(通称ユーロドローン)を2025年までに開発。ドイツが主導。
・ギリシャが担当する、サイバー情報共有プラットフォーム
・軍を支える欧州医療司令部。加盟国間での医療のスタンダード化も図る。
・フランスは攻撃ヘリコプター「ティガーMk 3」の向上を主導
・電子戦における欧州共同の常備兵の形成を目指す。チェコが主導。
・オーストリアはCBRNE(化学・生物・放射性物質・核・爆発物)監視プロジェクトを率先

「PESCO」は「NATO」を補強する

前出のビショップ氏は「PESCOには大きな可能性がある」と意気込む。「3~5年で、ある程度の成功が見込まれるだろう。PESCOが創設されなければ、次世代の戦闘機の開発、サテライト関連の計画など重要な事業の発表はなかったはずだ」

一方、疑問として浮かぶのが既存の軍事同盟NATOとの違いだ。欧州理事会は「PESCOはNATOを補強する」と説明している。また、ビショップ氏はこう解説する。

「例えばPESCOが掲げる34事業のひとつ、『軍事のシェンゲン』とも呼ばれる国境間の移動の簡易化は、加盟国が集団で領地を守る最適の方法だ。それに結果的に、NATOの中核的任務である「集団防衛」を強化することができる」「また、加盟国がPESCOの事業を通して得た戦闘能力は、NATOなどの組織下でも発揮できるので、事実上PESCOはNATOを増強することになる」


PESCOが野心的な事業を掲げる一方で、Politico Europeは同枠組みの欠点として事業計画を遂行するペースの遅さを指摘している。ビショップ氏も「本腰を入れるべき」と言及。「2019年はPESCOにとって事業を実施して成果を出すべき、非常に大切な年だ。今後、PESCOが今すぐに『欧州軍創設』に繋がることはない。だが、もしこの仕組みが成功すると、加盟国間でさらなる防衛の結束へと進展するだろう」

「そして、これらの防衛強化の目的は詰まるところ『戦争阻止』のためかもしれない。高い防衛能力は、他国からのEUへの攻撃を防ぐ。また、強力な戦力投射能力は、EUの関心の対象に手を出そうとする近隣諸国の妨害を阻止するからだ」

【参考記事】まんが:プーチン最強伝説の嘘とホント──憧れのスパイになった問題児の素顔

ayananishikawa-01.jpg[執筆者]
西川彩奈
フランス在住ジャーナリスト。1988年、大阪生まれ。2014年よりフランスを拠点に、欧州社会のレポートやインタビュー記事の執筆活動に携わる。過去には、アラブ首長国連邦とイタリアに在住した経験があり、中東、欧州の各地を旅して現地社会への知見を深めることが趣味。女性のキャリアなどについて、女性誌『コスモポリタン』などに寄稿。パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、ヨーロッパの難民問題に関する取材プロジェクトなども行う。日仏プレス協会(Association de Presse France-Japon)のメンバー。
Ayana.nishikawa@gmail.com

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