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アメリカ社会衰退デトロイトはこの都市に学べ
さび付いた「鉄の町」から「教育と医療の都市」に再生したピッツバーグの経験は、地元主導の努力の大切さを教えてくれる
再生できるか デトロイト市内のホームレスの住居(背景は国有化が決まった自動車最大手GMの本社ビル) Rebecca Cook-Reuters
9月にアメリカで開かれる第3回G20首脳会議(金融サミット)の開催地がペンシルベニア州ピッツバーグに決まった。バラク・オバマ大統領がこの決定を発表すると、報道・外交関係者の間では失笑と当惑の声が聞こえた。
ピッツバーグ? 冗談でしょ?
ピッツバーグ出身者の1人として、私は大統領の判断に賛成だ。この町の経験はアメリカと世界に勇気を与えられる。
わが故郷はさび付いた鉄鋼の町を脱却し、痛みを味わいながらも、努力と創造性を発揮して活力みなぎる都市に変身を遂げた。今やピッツバーグは、教育、医学研究、コンピューター科学などの分野で最先端を走っている。失業率や住宅の差し押さえ率などほとんどの指標を見る限り、経済危機の嵐と無縁の無風地帯と言っていい。
しかし、ホワイトハウスの主張に賛成できるのはここまでだ。米政府関係者に言わせれば、デトロイトの自動車産や都市にとって、ピッツバーグの成功は、オバマ政権の経済対策が効果を発揮するという希望の光になるという。
それはとんだ間違いだ。ピッツバーグが再生できたのは、ひとえに地元の人々の頑張りと犠牲と努力の結果だ。連邦政府の官僚が大掛かりな救済策を打ち出したおかげではない。
政府による救済は望まず
ピッツバーグの鉄鋼業が滅びつつあった頃、連邦政府による救済(ましてや国有化)を望んだ市民は誰一人いなかった。そんなことはプライドが許さない。連邦政府がウイスキーへの課税を決めたことに抗議してこの地で激しい暴動が起きたのは200年以上昔の話だが、連邦政府に対する不信感と反骨精神は健在だ。
鉄鋼業の最盛期、ピッツバーグは全世界の半分かそれ以上の量の鉄鋼を生産していた。60〜70年代には、川沿いの溶鉱炉の炎が空に映り、夜空がよくオレンジ色に染まったものだ。
国際競争の激化や経営の怠慢、労使紛争、国内需要の落ち込みなどにより鉄鋼業が衰退し始めると、業界の指導者たちは連邦政府に掛け合い、外国の鉄鋼に対する輸入障壁を導入させた。このときは確かに、連邦政府の力に頼った。
しかしやがて、ピッツバーグは現実を理解した。鉄鋼に未来はない、次の段階に進まなくてはならないのだと気づいたのだ。
町の基幹産業は廃れたが、人々の精神が廃れたわけではない。ピッツバーグが新たに見いだした活路は、教育だった。地域の学校を充実させることに誇りを抱き、そのための努力を惜しまなかった。
アメリカの大都市では学校教育の崩壊が問題になっているが、ピッツバーグは違う。むしろ、公立学校の学力レベルが上昇している地区もある。こうした教育への投資は地元が判断し、主に市と州の資金で行った。
高等教育の充実ぶりも目覚ましい。ピッツバーグには、カーネギー・メロン大学とピッツバーグ大学という全米有数の研究機能を擁する大学が2校もある。
大学の研究者たちが研究を行う上で連邦政府の研究助成金に頼っているのは事実だが、この2つの大学が今あるのは地元の人々の高い意識のたまものだ。カーネギー・メロン大学の生みの親である鉄鋼王アンドルー・カーネギーと財閥総帥のトーマス・メロンはもとより、ピッツバーグ大学の校舎建設費用をカンパした大勢の小学生たちのことも忘れてはならない。
今やピッツバーグは立派な大学町だ。カーネギー・メロン大学とピッツバーグ大学のほかにもたくさんの大学がある。町の人口に占める学生の割合がこれほど高い都市は全米でも珍しい。
全米有数の医療施設も
医療水準の高さにも目を見張るものがある。ピッツバーグ大学医療センターは、病院の規模、医療レベルの高さ、革新性のすべての面で全米有数の医療施設だ。ピッツバーグは、連邦政府の保健社会福祉省に指図されて医療を充実させたわけではない。あくまでも地元主導で推し進めたことだ。「ピッツバーグは『教育と医療の町』になった」と、地元の不動産業者アイラ・モーガンは言う。
製造業も復活し始めている。といっても、昔のような重厚長大型産業が帰ってきたわけではない。溶鉱炉が取り壊された川沿いの土地には、コンピューターシステムやソフトウエアなどの新興企業が続々と誕生している。
ピッツバーグは市民の誇りを原動力に、長い時間をかけて生まれ変わった。その道のりは平坦には程遠かった。ピッツバーグは20年間苦しみ続けた。市の人口は最盛期の半分に減り、一部に犯罪と薬物が蔓延している地区もある。
ピッツバーグ再生の物語からデトロイトが学ぶべき教訓は、(オバマ政権の主張とは異なり)連邦政府による救済に期待することではない。古い世界はいつか終わるということ、そしてそれに代わる新しい世界を築くのは自分たち自身だということをピッツバーグは教えてくれている。