最新記事
AI

「本格的な医療行為にも役立つが...」ChatGPT、医療利用に伴うリスクとは?

CHATBOTS AND HEALTH

2023年4月19日(水)13時20分
ケイマンスリ・ムードゥリー(ステレンボッシュ大学医療倫理・法律センター所長)、ステュアート・レニー(ノースカロライナ大学チャペルヒル校社会医学教授)
チャットボット

診断書作成などの事務作業への導入が進むチャットボットだが、治療・研究目的での利用には情報の正確性という面でまだ不安が WAVEBREAKMEDIA/SHUTTERSTOCK

<現場での活用が始まっているが、個人情報漏洩や信頼性をめぐるリスクが山積み>

尊厳ある医師と患者の関係は、医療職の根幹だ。守秘義務などによって保護された医療の在り方は伝統に深く根差し、古代ギリシャの「ヒポクラテスの誓い」をはじめとする医療倫理や行動規範に反映されている。

その全てが今や、デジタル化や人工知能(AI)によって混乱に陥りかけている。イノベーションやロボット工学、デジタル技術は医療をよりよく変えられる一方で、倫理的・法的・社会的課題も引き起こす。

昨年11月に革新的なChatGPTが公開されて以来、この新たなチャットボットが医療分野で担う可能性のある役割について、筆者ら生命倫理学者は考察を続けている。

ChatGPTは言語モデルに基づく対話型AIで、インターネット上の大量のテキストを学習している。

既に医療現場では、診断書や紹介状、医療保険請求書の作成といった業務に活用する動きが始まっている。有能なアシスタントがいるのと同じで、事務作業を迅速化し、患者と向き合う時間を増やす上で効果的だ。

もっとも、ChatGPTはより本格的な医療行為にも役立つだろう。その一例が、人工透析や集中治療室病床の割り振りなど、重症度に応じて患者の優先度を判定するトリアージだ。臨床試験への参加者登録にもChatGPTを使えるだろう。

だが治療や研究に取り入れることには、守秘義務や患者の同意、治療の質、信頼性や格差に関する倫理的懸念が伴う。むやみな使用は予想外の望まない結果につながりかねない。

現時点では、医療分野へのChatGPT導入の倫理的影響を判断するのは時期尚早だ。だが、その潜在的リスクやガバナンス(監視・統制)をめぐる問いは、いずれ必ず論議の対象になる。想定できるいくつかの問題を検討してみよう。

第1に、ChatGPTの使用にはプライバシー侵害のリスクがある。

AIの性能や効率性のカギは機械学習だ。つまり、チャットボットのニューラルネットワーク(人間の脳の情報処理の働きをモデルにしたAIシステム)に常時、データをフィードバックする必要がある。

ChatGPTに送られた身元特定可能な患者情報は、将来的に利用される情報の一部になる。言い換えれば、機密性の高い情報が「流通」状態になり、第三者に漏洩しやすくなる。こうした情報をどこまで保護できるのか、明らかではない。

アクセスの南北格差も問題

AIの援用に対する同意が不十分になる恐れもある。自分が何に同意しているのか、患者は理解していないかもしれない。そもそも同意を求められない場合もあり得る。そうなれば、医療従事者や医療機関は告訴されることになりかねない。

クオリティーの高い医療の提供をめぐっても、生命倫理上の懸念が存在する。医療の質は従来、確固とした科学的証拠に基づいている。エビデンス(科学的根拠)創出にChatGPTを利用すれば、研究や論文発表が促進される可能性がある。

だが、現行のChatGPTはデータベースに時間的制限があり、最新情報をリアルタイムで提供できない。現時点では、エビデンス創出の正確度は人間のほうが上だ。

さらに懸念されることに、ChatGPTは捏造を行う場合があると報告されている。これはエビデンスに基づく医療にとって脅威であり、医療の安全性を損ないかねない。

「医療の民主化」が進む現代、医療提供者も患者も各種プラットフォームを利用して、判断の指針となる情報にアクセスできる。だが今のところ、ChatGPTは正確で公正な情報の提供という点で、適切に設定されていない可能性がある。

偏った情報に基づき、白人以外の人種、女性や未成年者のデータを十分に反映していないテクノロジーは有害だ。新型コロナのパンデミックの際、一部のパルスオキシメーター(動脈血酸素飽和度の測定器)で、肌の色などによって不正確な結果が出る問題が判明したのがいい教訓だ。

低中所得国にとって意味する事態についても考えてみるべきだろう。最も明らかな問題はアクセスの格差だ。先端技術の利益やリスクは、国家間で不均等になる傾向がある。

ChatGPTは基本的に無料で利用できるが、それも長くは続かないはずだ(既に有料の最新版が発表されている)。アクセスへの課金は資源が乏しい国にとって脅威になり、デジタルデバイド(情報格差)や世界の医療格差が広がる可能性がある。

AIガバナンスをめぐる国際的ガイドラインの作成は始まっているが、多くの低中所得国はこうした枠組みに対応できていない。AIに特化した法整備をしている国も少ない。

ChatGPTの倫理的・法的影響について、新興国・途上国ならではの視点に基づく議論が不可欠だ。それが、新たな技術の恩恵を公正に享受する道への一歩になる。

The Conversation

Keymanthri Moodley, Distinguished Professor in the Department of Medicine and Director, The Centre for Medical Ethics & Law, Stellenbosch University and Stuart Rennie, Associate professor, University of North Carolina at Chapel Hill

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 トランプvsイラン
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月8日号(7月1日発売)は「トランプvsイラン」特集。「平和主義者」の大統領がなぜ? イラン核施設への攻撃で中東と世界はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


対談
為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 セカンドキャリアの前に「考えるべき」こととは?
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国特別検察官、尹前大統領の拘束令状請求 職権乱用

ワールド

ダライ・ラマ、「一介の仏教僧」として使命に注力 9

ワールド

台湾鴻海、第2四半期売上高は過去最高 地政学的・為

ワールド

BRICS財務相、IMF改革訴え 途上国の発言力強
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗」...意図的? 現場写真が「賢い」と話題に
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    コンプレックスだった「鼻」の整形手術を受けた女性…
  • 7
    「シベリアのイエス」に懲役12年の刑...辺境地帯で集…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    ギネスが大流行? エールとラガーの格差って? 知…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中