最新記事

医療

mRNAワクチンが世界を変える、と言える理由

THE BREAKTHROUGH

2021年7月27日(火)13時00分
サンジャイ・ミシュラ(バンダービルト大学医療センターのプロジェクトコーディネーター)
新型コロナワクチン

写真はイメージです Jatuporn Tansirimas-iStock.

<新型コロナのゲームチェンジャーとなった、モデルナとファイザーのmRNAワクチン。どこが画期的だったのか。その弱点をカバーした新技術とは何か>

先進国を中心に新型コロナウイルスワクチンの接種が進んでいる。病院に入り切らないほど多くの患者、家族との悲しい別れ、ロックダウン(都市封鎖)、失業、延々と続く自粛生活など、世界がはまり込んだコロナ禍という長く暗いトンネルに、ようやく明るい光が見えてきた。

その意味で、ワクチンはこれまでの流れを一変するゲームチェンジャーと言っていい。

なかでも注目されるのは、メッセンジャーRNA(mRNA)という新しい技術を使ったワクチンだ。

米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬ベンチャーのビオンテックが共同開発したワクチンと、米バイオ医薬ベンチャーのモデルナが開発したワクチンで使われている。米食品医薬品局(FDA)がmRNAワクチンを承認したのは、これが初めてだ。

現在のところ、その有効性(発症予防効果)は、筆者を含む多くのワクチン専門家の予想を上回っている。

アメリカの成人3万人を対象としたモデルナの臨床試験では94.5%、ファイザー/ビオンテックの4万3538人(アメリカ30%、外国42%)を対象とした治験では90%の有効性が確認された。一般に、インフルエンザワクチンの有効性は60%程度だから、これは極めて高い数字だ。

一体、mRNAワクチンとはどのようなものなのか。

magSR20210727thebreakthrough-2.jpg

ファイザーとモデルナのワクチンはどちらもmRNA技術を使っている(3月、フランス) AP/AFLO

そもそもワクチンとは、悪いウイルスが体に入ってきたら、免疫システムがそれを認識してやっつけることができるように、やっつける相手を免疫システムに事前に教える薬だ。

そのために、従来は病原性を弱めたウイルス(生ワクチン)や、ウイルスを構成するタンパク質を精製したもの(組み換えタンパク質ワクチン)が使われてきた。

mRNAワクチンは、ウイルスタンパク質そのものではなく、それを組み立てる設計図を体内に届けて、自分でウイルスタンパク質を作ってもらう仕組みを取る。この設計図がmRNAと呼ばれる遺伝物質で、上腕に注射されると筋肉細胞がそれを「翻訳」して、ウイルスタンパク質を作る。このプロセスは注射後24~48時間に最も活発になるという。

この設計図は、ウイルスの特徴的な部分しかカバーしていないから、それによって組み立てられたタンパク質は、本物の新型コロナウイルスがどんなものかを免疫システムに大まかに教えるだけで、感染症の症状を引き起こすことはない。また、mRNAは構造的にすぐに分解されてしまうため、注射された人の遺伝子に組み込まれることもない。

その一方で、新型コロナウイルスについて重要情報を得た免疫システムは、強力な抗体づくりに着手して、実際のウイルスが入ってきたとき、発症や重症化を防ぐ。

伝統的なワクチンには長い歴史があり、現在も多くの研究がなされているが、対象となるウイルスを特定し、培養し、不活化するといった開発プロセスに長い時間がかかる。mRNAワクチンはそれを省けるだけでなく、化学合成できるから量産化のスピードも速い。

広がるワクチンビジネス

実際、新型コロナウイルスのゲノム配列が明らかになると、mRNAワクチン候補は数日で出来上がっていたとされる。

何より魅力的なのは、この技術の実用化が進めば、未来のパンデミック(感染症の世界的大流行)にも迅速なワクチン開発が期待できることだろう。

もちろん、mRNAワクチンにも課題はある。これほど有望なのに、医薬品としての実用化が進んでこなかったのは、化学構造的に不安定で、目的の細胞に届く前に免疫反応によって分解されてしまうからだ。

しかし2005年頃から、極小の脂質粒子(いわば脂肪でできたカプセル)にmRNAを組み込ませてターゲットに届ける技術が開発された。

また、化学構造的に壊れやすいという本質的な課題については、過去に例がないほど超低温での保管と輸送という対策が取られている。

ファイザー/ビオンテックのmRNAワクチンは、マイナス70度が最適な保管温度とされ、通常の冷蔵庫での保存期間は30日以内とされる。一方、モデルナのワクチンは、マイナス20度前後(たいていの家庭用あるいは医療用冷凍庫の温度)で約6カ月間保管可能だという。解凍後は2~8度(標準的な冷蔵庫の温度)で30日間保管できるようだ。

つまりファイザーのワクチンのほうが取り扱いが厳しいが、同社は、特殊な冷却容器を開発して、この問題をクリアしようとしている。この容器に入っていれば、超低温冷凍庫がない環境でも10 日間(ドライアイスを追加すれば30 日間)、ワクチンを安全に保管できるという。

mRNAワクチンの有望性と世界的需要を考えると、超低温保管・輸送の分野でも、今後大きな発展がありそうだ。

The Conversation

Sanjay Mishra, Project Coordinator & Staff Scientist, Vanderbilt University Medical Center, Vanderbilt University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

(※本誌8月3日号「モデルナの秘密」特集では、感染症から世界を救うモデルナのステファン・バンセルCEOにロングインタビュー。ワクチン開発成功の秘訣から、mRNAの可能性、癌治療の未来までを聞いた)

ニューズウィーク日本版 トランプショック
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月22日号(4月15日発売)は「トランプショック」特集。関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、4月は-14.0 ウクライナ

ビジネス

ユーロ圏鉱工業生産、2月は前月比+1.1% 予想上

ワールド

為替は加藤財務相がベッセント財務長官と協議=赤沢再

ビジネス

ファンドマネジャー、記録的なペースで米国株売却=B
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトランプ関税ではなく、習近平の「失策」
  • 3
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができているのは「米国でなく中国」である理由
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 6
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 7
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 8
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 9
    シャーロット王女と「親友」の絶妙な距離感が話題に.…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 4
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 7
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 8
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 9
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 10
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中