最新記事
医療

飲まずにいられない呪縛から解き放つ禁酒薬の普及に壁

The Underprescribed Pill

2024年8月1日(木)19時24分
ローニ・ジェイコブソン

一方、ナルトレキソンは脳の報酬系の神経伝達物質を阻害して飲酒時に高揚感を感じにくくさせる。昨年3月にFDAが処方箋不要の市販薬として承認したナルカン(ナロキソン)の類縁物質だ。ナルカンは麻薬性鎮痛薬オピオイドの過剰摂取を治療する点鼻薬で、脳に直接作用するが、ナルトレキソンは緩やかに作用して依存の悪循環を絶つ。

「AUDの治療では、私はナルトレキソンを真っ先に選ぶ」と、サクソンは言う。


にもかかわらず、この薬の処方箋を出してもらうのは至難の業だ。ナルトレキソンの存在をYouTubeで知ったレインは、処方箋を出してくれる医師に巡り合うまで5人の医師に断られた。1人は5日連続で禁酒できるまで処方できないと言い、別の医師には代わりに入院リハリビテーションを勧められた。

「ナルトレキソンを服用する際は禁酒しなければならないという誤解がある」と、メイヨー・クリニックのジョナサン・レオン医師は言う。レオンはアリゾナ、ミネソタ、フロリダの各州にあるメイヨー・クリニック支部の医師を対象にナルトレキソンに関する調査を実施。回答した約150人のほとんどが、ナルトレキソンについて聞いたことがないか、知識不足のため処方できないと答えた。

「リスクは最小、メリットは大」なのに

バーンスタインによれば「ナルトレキソンは一般的な医薬品の多くに比べて非常に有効だ」。ただし「人生が変わるような反応」から、ごく軽微なものまで「反応は患者ごとに違う」。

AUD患者を対象とした研究では、ナルトレキソン服用群はプラシーボ(偽薬)群と比べ、服用期間が長くなるほど飲酒の頻度も量も減少した。退院時にナルトレキソンを処方した場合、30日以内の死亡率・再入院率が42%低下したとの研究結果もある。

患者が「適切なフォローアップ治療」を受けられない、セラピーに参加できないといった理由で処方しない医師も多いが、それも誤解だと研究者らは指摘する。「有害事象は皆無に近いので、患者へのリスクは非常に小さく、メリットは非常に大きい可能性がある」と、サクソンは言う。

ナルトレキソンはもともとオピオイド依存症の治療薬として開発・承認された。だが作用する脳内の報酬系はほぼ全ての依存症に関係しているため、AUD以外の依存症の治療にも有望だ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インフレ上振れにECBは留意を、金利変更は不要=ス

ワールド

中国、米安保戦略に反発 台湾問題「レッドライン」と

ビジネス

インドネシア、輸出代金の外貨保有規則を改定へ

ワールド

野村、今週の米利下げ予想 依然微妙
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 10
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中