飲まずにいられない呪縛から解き放つ禁酒薬の普及に壁
The Underprescribed Pill
一方、ナルトレキソンは脳の報酬系の神経伝達物質を阻害して飲酒時に高揚感を感じにくくさせる。昨年3月にFDAが処方箋不要の市販薬として承認したナルカン(ナロキソン)の類縁物質だ。ナルカンは麻薬性鎮痛薬オピオイドの過剰摂取を治療する点鼻薬で、脳に直接作用するが、ナルトレキソンは緩やかに作用して依存の悪循環を絶つ。
「AUDの治療では、私はナルトレキソンを真っ先に選ぶ」と、サクソンは言う。
にもかかわらず、この薬の処方箋を出してもらうのは至難の業だ。ナルトレキソンの存在をYouTubeで知ったレインは、処方箋を出してくれる医師に巡り合うまで5人の医師に断られた。1人は5日連続で禁酒できるまで処方できないと言い、別の医師には代わりに入院リハリビテーションを勧められた。
「ナルトレキソンを服用する際は禁酒しなければならないという誤解がある」と、メイヨー・クリニックのジョナサン・レオン医師は言う。レオンはアリゾナ、ミネソタ、フロリダの各州にあるメイヨー・クリニック支部の医師を対象にナルトレキソンに関する調査を実施。回答した約150人のほとんどが、ナルトレキソンについて聞いたことがないか、知識不足のため処方できないと答えた。
「リスクは最小、メリットは大」なのに
バーンスタインによれば「ナルトレキソンは一般的な医薬品の多くに比べて非常に有効だ」。ただし「人生が変わるような反応」から、ごく軽微なものまで「反応は患者ごとに違う」。
AUD患者を対象とした研究では、ナルトレキソン服用群はプラシーボ(偽薬)群と比べ、服用期間が長くなるほど飲酒の頻度も量も減少した。退院時にナルトレキソンを処方した場合、30日以内の死亡率・再入院率が42%低下したとの研究結果もある。
患者が「適切なフォローアップ治療」を受けられない、セラピーに参加できないといった理由で処方しない医師も多いが、それも誤解だと研究者らは指摘する。「有害事象は皆無に近いので、患者へのリスクは非常に小さく、メリットは非常に大きい可能性がある」と、サクソンは言う。
ナルトレキソンはもともとオピオイド依存症の治療薬として開発・承認された。だが作用する脳内の報酬系はほぼ全ての依存症に関係しているため、AUD以外の依存症の治療にも有望だ。