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バカに悩まされ説教しようとするあなたもバカ「価値観の違う相手に方言で話すようなもの」

2023年5月8日(月)18時00分
マクシム・ロヴェール(作家、哲学者) *PRESIDENT Onlineからの転載

記号の解釈も誤解の原因

残念ながら、誤解は言葉によるものだけではありません。人は、言葉以外にも、さまざまなものを交わしています。声のトーン、身ぶり、態度、容姿など、五感で受けとる印象もそうです。

人は、過去の経験を反映させながら、今起きていることを消化するということもしています。それを全部混ぜあわせたものを、各自が思い思いに解釈するので、もともと解釈というものは、人によって食い違ったり、まるっきり正反対だったりすることもあります。

このように、人はいろいろな情報(記号)を読みとって解釈するわけですが(ちなみに、こうしたことを研究する「記号論」という学問があります)、相手への思いやりを失うと、解釈はとんでもない方向に行きます。

わたしはこれを書きながら震えています。そうなると、もはや打つ手がないのです。

こう言ってよければ、人と人の対話について考えるのは、もはや病理学の領域ですね。病気の原因や発生順序を突きとめるように、なぜおかしなことになってしまうのか、引きつづき考えていきましょう。

バカと波長が合わない場合

人と人が対話をする中で、相手への理解と信頼が薄れ、相手の正当性を認めなくなる原因は、記号の誤解以外にもあります。

人と人の間には、親近性と言えばよいのか、深い部分で通じあう何かが存在することがあります(スピリット、バイブス、フェロモンなど、呼び名は何でもかまいません)。

それが合えばいいのですが、もちろん合わないこともあります。よく、ウマが合う合わないとか、波長が合う合わない、という言い方をしますよね。

たとえば、バカが気に入らない何かがこちらにある場合、それはずっと変わらず存在するわけですから、向こうは居心地が悪くなります。

こちらが何の動作もせず、一言も話していなくても、向こうは攻撃されたように感じます。そして、たいていは、バカとこちらの両方が、お互いに同じことを感じています。

たとえば、これを読んでいるあなたとわたしの場合を考えてみます。あなたはわたしの声が嫌で、わたしはあなたの体のかき方が嫌だとしても、お互いの話を聞くことはできるでしょう。

相手がバカだと、そうはいきません。潮が満ちて砂浜を覆うかのごとく、バカはこちらの価値体系を壊して、自分の価値体系もどきに全力で従わせようとします。

なぜバカとは対話ができないかというと、こちらの何かが気に入らないと、バカは言葉を使って(もしそれを言葉と呼べるならですが)、こちらを挑発し、苛立たせ、侮辱してくるからです。

「フランス人哲学教授に学ぶ 知れば疲れないバカの上手なかわし方」声をひそめたり、震え声を出したり、怒鳴ったりと、いろんなふうに言葉を繰りだし、時には長々と声高にしゃべりたてて、いかにも重々しい口調であなたに人生を説きさえするのです。

もはや、認めるしかありません。道徳などの正当なものをもちだしても、その正当性が通らないなら、それは間違いなくエンパシー(共感力)が失われているのであり、同時に、もう修復できない状況になっているのです。

このように対話が破綻すると、間違いは誰にでもあるといった結論には至りません〔心理学で言うところのコモン・ヒューマニティー(※)に失敗するというわけです〕。

バカはまだあなたに何か言っていますか? ここまでいろいろと考えて学びを得てきたわたしたちですから、バカの話にだって、おそらく耳を傾ける価値はあるでしょう。


本稿のポイント

言葉でわかってもらおうとするのはやめよう。相手はわかりたいと思っていない。

※......失敗や挫折は人間なら誰でも経験すると考えること

マクシム・ロヴェール(Maxime Rovère)

作家、哲学者
1977年生まれ。フランスの作家、哲学者、翻訳家。高等師範学校でベルナール・ポートラに師事。2015年から教皇庁立リオデジャネイロカトリック大学(ブラジル)で哲学を教える。本書は本国フランスはじめ、世界10カ国以上で注目を集める話題作となる。ジョルジョ・アガンベン、チャールズ・ダーウィン、ヴァージニア・ウルフ、ルイス・キャロル、ジョゼフ・コンラッド、ジェームス・マシュー・バリーなど哲学書、文学書の翻訳も手がける。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
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