最新記事

0歳からの教育

子どもの事故にはパターンがある、防ぐためにできることは?

Preventing Accidents

2021年12月20日(月)10時55分
井上佳世(ライター)

つまり、「子供から目を離すな」は不可能。それを証明したのが、西田らの科学的アプローチによる実験だ。

2LDKの居住空間を再現した実験室に多数のセンサーを埋め込み、そこで多くの子供たちに自由に過ごさせる。人や物の動きをAI(人工知能)カメラが計測するセンシングと呼ばれる技術で、子供が転ぶスピードを測った結果、「転倒のあっという間は0.5秒」だった。

人間の画像処理システムは、見てから動きだすまでに0.2秒はかかる。スーパーアスリートの反射神経をもってしても、残りの0.3秒で子供の転倒を防ぐのは不可能だろう。

同様の実験で、高さ2メートルの遊具から「落下するあっという間は0.63秒」だった。

0sai-mook-20211220-3.jpg

IILLUSTRATION BY YUKAKO NUMAZAWAーNEWSWEEK JAPAN

「ちょっと今日だけ」の危険

だが、悲観する必要はない。「起きている事故のほとんどは、何度も繰り返し起きてきたもの。目新しい事故というものはほぼない」と西田は言う。

そして、同様の事故が多発し、データが蓄積されてきたからこそ、事故予防のニーズが認知され、問題解決のテクノロジー開発につながる。その1つが、歯磨き中に転んでも柄がグニャリと曲がって口内に刺さらない歯ブラシだ。

こうした子供の安全を考慮した新しいテクノロジーを取り入れることが、子供から目を離しても安全に過ごせる環境づくりの要だ。

転倒してもお湯がこぼれ出ない電気ケトル、チャイルドロック機能付きの家電など、選択肢は増えた。自転車用ヘルメットの着用は常識化しつつある。

しかし、テクノロジーが進化しても、利用する側の意識が変わらなければ恩恵にはあずかれない。例えばライフジャケット。川辺の水遊びに必須という感覚は、まだ定着していないだろう。

日本子ども学会常任理事の所真里子は、子供の命を奪う事故は親が普段見ない状況下で起こると指摘する。

「よく転ぶからといって、転倒で亡くなる可能性は低い。事故の頻度と重症度に相関関係はない。子供はめったに起きないことで命を落とす」

特に、「ちょっと今日だけ」というときに限って深刻な事故が起きるという。

自家用車が故障したためチャイルドシートがない実家の車を借りて事故に遭い、子供が外に投げ出される。たまたま通園バッグを身に着けたまま公園で遊び、バッグのひもが滑り台の突起部分に引っ掛かり、首つり状態で亡くなる。

「リスクの高い重点事項について家族が情報共有を行い、しっかりと対策を取っておくことが、悲劇的な事故の予防につながる」と、所は言う。

うちの子に限って悲惨な事故など起こらない──親なら誰でもそう思う。しかし、その思いこそが子供の未来から安全を奪うのかもしれない。

0sai_2022_mook_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

ニューズウィーク日本版SPECIAL ISSUE「0歳からの教育2022」が好評発売中。3歳までにすべきこと、できること。発達のメカニズム、心と体、能力の伸ばし方を科学で読み解きます

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

プーチン氏、和平に向けた譲歩否定 「ボールは欧州と

ビジネス

FRB、追加利下げ「緊急性なし」 これまでの緩和で

ワールド

ガザ飢きんは解消も、支援停止なら来春に再び危機=国

ワールド

ロシア中銀が0.5%利下げ、政策金利16% プーチ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 8
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 9
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 10
    中国、ネット上の「敗北主義」を排除へ ――全国キャン…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中