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能登半島地震

存亡の危機に陥った輪島塗はどうなった?若手が語る「職人仕事」のリアルと崖っぷち

PROTECTING THE ART

2024年7月2日(火)16時00分
小暮聡子(本誌記者)
蒔絵職人の北濱智

震災で自宅が倒壊したため蔦屋漆器店に間借りして仕事をする蒔絵職人の北濱智 PHOTOGRAPHS BY KOSUKE OKAHARA FOR NEWSWEEK JAPAN

<能登半島地震から半年。輪島塗の今を救うには仕組みを変えるしかない――「成功するかどうかは分からないが、失敗したら輪島塗はもう業界ごと終わり」>

能登半島地震では、国の重要無形文化財である輪島塗が存亡の危機に立たされた。被災から半年後の現状はどうなっているのか。輪島漆器青年会の会長を務め、蔦屋漆器店の7代目である大工治彦(36歳、下写真)に本誌・小暮聡子が話を聞いた。

◇ ◇ ◇

――輪島塗業界全体が今どういう状況にあるか、把握しているか。

震災直後もそうだったが、相変わらず分かっていない。輪島塗の業界はそもそも横のつながりが薄い。われわれのような塗師屋(ぬしや/各工程の職人たちを取りまとめて、漆器の企画・生産・販売を行うプロデューサーのような存在)は、他の塗師屋さんとお客さんを取り合ってしまうため基本的に同じところで仕事をすることが少ない。なので、漆器青年会などで普段からつながりのある仲間内以外からは情報が入ってきにくい。newsweekjp_20240702065044.jpg

――職人の中には、震災を機に廃業せざるを得ないという声もある。

皆さん、自宅兼職場が倒壊してしまった。辞める理由のほとんどは住むところがない、仕事場がない、ということだと思う。

――1月に話を聞いた際、輪島塗は若手不足が深刻だと語っていた。

結局は若手を育成しないと話にならないというのは輪島塗関係者全員の共通認識だ。今の50~60代くらいはほぼ世襲で、それより下の30~40代はほとんどが石川県立輪島漆芸技術研修所の卒業生だろう。

研修所には、主に芸大や美大の卒業生が漆器の勉強をするために入ってくる。卒業後は別の場所に研修に行ったり、輪島に残らない人も多いと聞く。この研修所は、重要無形文化財保持者(人間国宝)の技術を伝承する人材育成を目的とした県の施設だ。

人間国宝になるための技術と、職人仕事に必要な技術は、似て非なるもの。前者は、ものすごく難しい技法を使って長い時間をかけて1つの作品を作るような勉強をする。片や職人仕事は、とにかく速くきれいに数をこなすことが求められる。

卒業後は、自分の作品づくりの傍ら、職人仕事でお金を稼ぐことを求められるが、昔のように大量の仕事があるわけではないので職人としての技術を磨く機会が少ないというのも大きな問題だ。それで諦めて輪島を出て行ってしまう人も多い。

若手が育たない、残らないというのが、ここ10年、20年と続いている。今の輪島塗業界を支えているのは、50~70歳ぐらいのベテランたち。でもこの地震で、その世代の職人さんが激減してしまった。


 

――若手の育成に必要なことは。

おそらく将来的には、ある程度の規模の塗師屋が職人を雇い、固定の給料を払いながら仕事をしてもらう仕組みになるのではないか。職人さんを複数人、ベテランと若手の両方を雇って、その中で技術を継承していくしかないのでは。もしくは、例えば下地の職人たちが寄り合って下地屋の会社をつくり、そこで若手も育てるという業務形態にするやり方もあり得るかもしれない。

若い人たちに、職人仕事の魅力も発信していきたい。上司も部下もいない独りの世界で、納期を守れば自分のペースで仕事ができる。そういう仕事を好む人もきっといるだろう。

――輪島塗の3年後、5年後、10年後はどういう未来だと考えるか。

3年もすれば、ベテランの職人さんが少しずつ戻ってきてくれて、仮設工房を建てて仕事をする人もいるだろう。問題は3年後、5年後にやっと以前の状態に近づいた後、今度はベテラン世代がいなくなる。その前にどうやって仕組みを変えて、技術継承していくか。

5年後、10年後をどうするかをいま話さないと駄目だろうと思う。成功するかどうかは分からないが、失敗したら輪島塗はもう業界ごと終わりだと思っている。

【関連記事】日本が誇る文化財、輪島塗が存亡の危機...業界への打撃や今ある課題は?
【関連記事】能登半島地震から半年、メディアが伝えない被災者たちの悲痛な本音と非情な現実

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