最新記事
大河ドラマ

「源氏物語の作者は男好きだね...」藤原道長のイジりに紫式部が返した言葉とは?

2024年3月12日(火)12時25分
山口 博 (国文学者) *PRESIDENT Onlineからの転載

「低俗な読者」だった藤原道長の下品なひとこと

紫式部は返事もせず、「この場には光源氏に似たようなお方はいらっしゃらないのに、まして紫上がいるはずはないわ」と、大文化人の言葉を黙殺した。詩歌管弦に秀でていても物語理解力は不満ということか。

このエピソードから推測すると、それまでは「藤式部」と呼ばれていたのが、物語の流布によりヒロイン「紫上」の名に基づき「紫式部」と呼ばれるようになったのだろう。

藤原道長も読者だ。道長は自ら上等な美しい紙や筆・墨・硯を用意し、女房たちが紙を選び、能筆の人に書写させ、豪華な『源氏物語』の本を作らせている。『源氏物語』を最初に作者の所から持ち出したのも道長であった。

このように讃えるべき面があるが、読者としては低俗だ。このような色好みの物語を描く作者は色好みだと見たのだから。道長は紫式部に言った。

好すき者と名にし立てれば見る人の 折らで過すぐるはあらじとぞ思ふ

(このような物語を書くので好色者と評判が立っている貴女だから、見かけた男がそのまま口説かずに素通りすることはないでしょう)
殿藤原道長(『紫式部集』・『紫式部日記』)

img_5afd5a9366c8539cddafb356266170b7741355.jpg

『源氏物語絵巻』より藤原道長(画像=東京国立博物館蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

これに対し紫式部は、

人にまだ折られぬものを誰かこの 好き者ぞとは口慣ならしけん

(まだ誰にも靡なびいたことのない私ですのに、誰がいったい好色者だなどと噂を立てたのでしょうか)
紫式部(『紫式部集』・『紫式部日記』)

と、ピシャッと言い返した。

『尊卑分脈』の彼女の注記に「道長妾」とするのは、このようなエピソードからか。

自分と登場人物を重ねる菅原孝標の娘

道長の流儀でいけば、不倫小説を書く作家は不倫体験者になるし、殺人事件を手掛ける作家は殺人犯になってしまう。小説の主人公イコール作者と見なす、最も低俗な読者だ。

もっとも詠者自身が主人公であることの多い和歌や、作者イコール「私」という日記文学の盛行がもたらした影響もある。近現代の私小説の愛読者もそう読むだろう。

自分とヒーローあるいはヒロインと重ねて読むミーハー的な読者が、『更級日記』の作者菅原孝標の娘だ。『源氏物語』の文章をすらすら諳んじるほど物語に没頭した孝標の娘は、

私はまだ幼いから器量は悪いが、年頃になったら限りなく美しくなり、髪の毛も長くなるに違いないわ。私だって光源氏様が愛した夕顔ゆうがおの君や、宇治うじの大将薫かおる様に愛された浮舟うきふねの女君おんなぎみのようになるのだわ。

菅原孝標の娘(『更級日記』)

と、物語中の人物に己を投影させる。

夕顔の君は夕顔というニックネームの如く、はかなく散ったが、その短い期間、光源氏のこの上ない寵愛を受けた。

美人薄命を絵に描いたような女であった。はかなげながら可憐で朗らかな性格で、光源氏は彼女にのめりこみ、死後も面影を追う。

地方自治体
人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に安心な水にアクセスできる社会の実現へ
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアの石油輸出能力2割減、ウクライナ攻撃で減産見

ワールド

ロシア・イラン外相が電話会談、ホルムズ海峡の安全巡

ワールド

中国、中東鎮静化へ活発外交 外相が欧独サウジと相次

ワールド

トランプ氏、ボンディ司法長官解任 エプスタイン疑惑
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イラン恐怖」の正体
  • 2
    破産申請の理由の4割以上が「関税コスト」...トランプ関税が米国民に与える「破産」の苦しみ
  • 3
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受給年齢」
  • 4
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 5
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 6
    日本の男女の賃金格差は世界でも突出して大きい
  • 7
    先進国が出生数の減少を嘆く必要はない? 「経済的…
  • 8
    「一般市民に敵意なし」...イラン大統領が米国民宛て…
  • 9
    血圧やコレステロール値より重要?死亡リスクを予測…
  • 10
    自国の国旗損壊を罪に問うことの深刻さを考える
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 4
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 7
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 8
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 9
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 10
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中