最新記事
日本史

教科書に書かれていない「信長が長篠の戦いで武田勝頼に勝った本当の理由」 最新研究が明かす武田軍と織田軍の決定的な違い

2023年6月20日(火)19時00分
平山 優(歴史学者) *PRESIDENT Onlineからの転載

鉄砲の数は戦の本番でさらに増えていた可能性

ただ、ここに誤解が生じる余地がある。戦国大名は、軍役定書で命じた員数のみで軍隊を編成していたわけではないのだ。特に鉄砲について、戦国大名は、合戦の際残留を指示されるなど動員されなかった家臣や国衆に、鉄砲と射手だけを派遣するよう要請し、戦場で引率してきた鉄砲衆に加えることで、新規の鉄砲衆を臨時編成しているのだ。

これは、武田、織田、徳川も行っていることで、信長が長篠合戦時に、筒井順慶や長岡藤孝に鉄砲足軽と玉薬(たまぐすり=火薬と弾丸)の提供を求め、彼らが計150挺を送ったことは有名である。こうした編成方式は、「諸手抜(もろてぬき)」と呼ばれている。このように、鉄砲編成の方法は、武田・織田・徳川はまったく変わりはなかったのだ。

馬に乗れるかどうかは財力しだいという騎馬衆の実態

また、旧戦法の象徴とされる騎馬衆については、その実在をめぐって議論があったが、東国の戦国大名は、「乗馬の衆、貴賤ともに甲(かぶと)・喉輪(のどわ)・手蓋(てがい)・面頰当・脛楯(はいだて)・差物(さしもの)専用たるベし、此内一物も除くべからざるの事」と指示しているように、「貴賤」混合による編成だった。

具体的には、①知行貫高に基づき動員を命じられる侍身分(悴者(かせもの)、若党(わかとう)などを含む)の騎馬武者、②諸役、諸公事免許をもとに軍事動員を命じられた在村被官(軍役衆)で騎乗で参陣した者、③傭兵として召し抱えられた馬足軽、④戦国大名より蔵銭、蔵米などを支給され、個々に奉公した一騎合(いっきあい)衆(一騎相、一揆合とも、その名称は、騎馬武者と徒者の組み合わせに由来)、などである。

騎馬武者は侍身分のみとか、指揮官クラスだけというのは誤解であり、乗馬できるかどうかは、身分ではなく財力が問題であった。武田信玄は、永禄8(1565)年11月12日、諏訪大社下社祭礼復興に関する命令書を発給しているが、その中にも「十二月朔日(ついたち)の御祀については、小口郷の加賀守分より負担せよ。この神領は山田若狭守・同新右衛門尉・源兵衛三人の給恩地(恩給として給与した土地)となってしまっており、そのため(御神事銭の徴収が)断絶しているという。そこで、かの若狭守・新右衛門尉は乗馬で軍役を負担してきているのだが、来年からは歩兵で参陣し、騎馬免許とするので、三貫文を御神事銭として、両人から半分ずつ納入させることとする」とある(『戦国遺文武田氏編』九六〇号文書)。

騎馬は、それなりの財力を背景とする軍役負担であったことが窺われ、これは北条氏の事例でも指摘されている。

展覧会
奈良国立博物館 特別展「超 国宝―祈りのかがやき―」   鑑賞チケット5組10名様プレゼント
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中