コロナ禍の異常な現実も凌駕する『タイガーキング』の狂気の世界
Crazier Than the World Outside
病的に魅力的な彼は動物という存在によって満たされ、名声、または名声を追い求めることでさらに満たされると気付いた。
「俺はトラを見た」と題されたカントリーソングをレコーディングしたり、動画を配信したり。だが最高に満足感を得られるのは、自身の動物園で観客相手にショーをするときのようだ。アニマル柄のシャツのボタンをへそまで開け、これ見よがしに銃を腰に差して、ジョーはためらうことなく猛獣に接近する。
飼育する動物を虐待しているとか、触れ合い体験には大きくなり過ぎた幼獣を売り飛ばしているという黒い噂もある。しかし目くらましの連続のせいで、どれがほのめかしで、どれが確かな証拠なのかを見極めるのは難しい。
ジョーの天敵、見方によっては真の主人公ともいえるのは、動物保護団体の創設者キャロル・バスキンだ。ジョーから動物園を取り上げようとするバスキンの活動はジョーをさらに極端な行動に駆り立て、バスキンのそっくりさんを雇って、彼女の失踪した元夫の死体と称する肉を飼育するトラに食べさせたりもする。
病みつきにはなるが
エキセントリック過ぎる男なのに、周囲の人間がジョーに尽くす訳を理解するのは難しくない。ある従業員は勤務中に重傷を負うが、動物園の評判が悪くなることを懸念して治療を受けずに済ます。
それでもジョーがバスキンに対してむき出しにする反感は、カメラの前でのポーズの域を超えている。その様子は見苦しく、ジョーを愛すべき変人として描こうとする作品の足を引っ張っている。
『タイガーキング』は間違いなく、病みつきになるドキュメンタリーだ。ただし、動物虐待の生々しいシーンがあることは断っておこう。例えて言えば、自動車事故をスローモーションで見るような場面だが、衝突相手はジェット機で、ジェット機もろとも石油タンカーに突っ込んでいくようなタイプの事故だ。
多くの強迫的行為と同じく、本作にのめり込んだ末に得られるのは満足感より消耗感かもしれない。視聴後に残るのは、あまり健全とは言えないことをしてしまったという漠然とした感覚だ。
だがコロナ禍の今、自宅に籠もりながら正気を保つのに役立つものは何でもありがたい。おまけに口八丁の詐欺師に対する免疫も付くのなら、言うことなしではないか。
©2020 The Slate Group
<2020年5月5日/12日号掲載>
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