ソウルで日本人客をおもてなし 「小川剛(長渕剛+小川英二)」の語った原点
HARRY CHUN FOR NEWSWEEK JAPAN
<ソウルに「剛の家」というゲストハウスがある。なぜ「剛」なのか。なぜバスやトイレなど、日本人の習慣に合わせているのか。本誌「私たちが日本の●●を好きな理由【韓国人編】」特集より>
「男性数人で泊まったときは、他の宿泊客がいなかったからリビングで寝そべって宴会をしていた。ここに来ると日本語で話せるから友達の家にいる気分になれる」
島根県在住の丸石博は、居間でくつろぎながら「もう何回泊まったか分からない」と笑う。「ここ」とはソウル駅近くにあるゲストハウス「剛の家」のこと。オーナーの名は小川剛。しかしそれはニックネームで、本名は金喜雄(キム・ヒウン、56歳)という韓国人だ。
「長渕剛の剛と、長渕がドラマ『とんぼ』などで演じた役名の小川英二にちなんで、小川剛と名乗ることにした」
金と日本語との出合いは小学生時代にさかのぼる。父がある日、絵本をプレゼントしてくれた。イラストに日本語の単語が添えられたもので、気に入って繰り返し読んでいたという。しかしこの頃はまだ、日本語に触れている意識はなかった。
その後、本格的に学びたいと思ったのは高校生のとき。観光名所の景福宮の前でたびたび、日本人観光客を案内するツアーガイドを目にした。
「スーツを着こなしていてかっこよかったので、自分もなりたいと思った」
母親の体調が思わしくなかったことから、大学在学中に兵役に行き、除隊してすぐに公務員試験を受けて刑務官になった。母の治療費もカバーできる手厚い医療保険制度があったからだ。
しかし、日本人に韓国を紹介したい気持ちは変わらず、偶然知り合った日本人男性から贈られた『とんぼ』や『傷まみれの青春』のCDを聴いて好きになった長渕剛の曲やドラマで、日本語を学び続けたという。
いつしか友人たちから「剛」と呼ばれるようになった金は、退職して2000年にゲストハウスを始める。家のように過ごしてほしいという思いから「剛の家」と名付けた。
金が日本に興味を持った理由は、ガイドのスーツ姿と長渕剛だけではない。趣味のオーディオやカメラ、バイクに優れた日本製品があったことも大きい。
「例えばバイクは、走った後に思いもよらない部分が故障していることがある。欧米製だと部品も手に入れにくいが、日本製は韓国と規格が同じものが多いし、何より丁寧に作られていて信頼できる」
剛の家にはソニーやサンヨーなどのアンティークのラジカセや、日本人宿泊客から贈られた土産品が並んでいる。韓国のゲストハウスには通常はないバスタブがあるのも、トイレでトイレットペーパーが流せる(ゲストハウスでは珍しい)のも、日本人の習慣に合わせるためだ。