最新記事

私たちが日本の●●を好きな理由【中国人編】

中国人コスプレイヤー、同人誌作家、買い物客はこんな人たち(コミケ97ルポ)

2020年2月1日(土)19時45分
高口康太(ジャーナリスト)

ケン・リーの隣にブースを出していたのが、東京のIT企業で働く江蘇省出身の八子(はちこ)だ。2017年から書き始めた同人誌シリーズ『中華オタク用語辞典』が注目され、2019年には改訂版を日本の出版社から出版した。同書は中国で使われているオタク用語を集めた一冊だ。

日本アニメ由来の言葉を中国人オタクたちが使いこなしているさまが透けて見える。例えば「戦五渣」。人気アニメ『ドラゴンボール』の名台詞である「戦闘力たったの5......ゴミめ......」を漢字3文字に圧縮した中国語だ。自虐的に使ったり、他人が弱いと煽るときに使ったりするらしい。

magSR200201comiket-13.jpg

新作の同人誌『中華オタク用語学習帳』を手にする八子 HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

中国人同士の会話に日本アニメ由来の言葉がこれほど多く含まれているとは、改めて中国の近さが感じられる。アニメがつなぐ日中の絆といったら大げさだろうか。

「日中の絆と言われるとちょっと違和感がある。日本と中国の関係が深いことは間違いないけれど、絆と言うと重過ぎるっていうか」と、八子は戸惑うように答える。

「日本アニメが好き=親日みたいな見方をされることは確かに多い。でも、アニメは好きでも日本に関心がない人もたくさんいるし、日本アニメは好きだけど実際に会った日本人がたまたま嫌なやつだったから日本嫌いになった人もいる(笑)」

magSR200201comiket-14.jpg

八子が作り続けてきた『中華オタク用語辞典』のシリーズ HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

「人生の楽しみができる。それがコミケのよさじゃないかな」

日本アニメのオタクを自称するが、彼女自身、日本にたどり着いた理由はアニメだけではなかった。

大学で日本語学科を選んだときには「長期雇用の日系企業なら人生が安定しそう」という現実的な判断もあったし、日本留学を決めたのも「アニメをより深く理解するには日本での生活が不可欠という理由に加えて、学歴が欲しかったから」だと、彼女は言う。

「中国って学歴社会だから、修士号や博士号、留学経験の有無が響く。別にもっといい道があったなら、そっちを選んでいたかもしれない」

安定を求め、今は日本で働く八子。しかし仕事は毎日同じようなことの繰り返しで、日々の生活に楽しみがないという悩みもある。そんな折、友人が同人デビューをして楽しかったと聞いて、自分もやってみようと思ったという。

「面白い本を書いてみんなに褒められたいと思って......。中二病的な承認欲求ですね(笑)」

コミケに参加し、同人誌を作り、出版社から声が掛かって自分の本を書店に並べることもできた。それで人生が一変したわけではなかったが、「人生大逆転!とはいかなくても、友達が増えたり、買いに来てくれた読者と話せたりと、楽しいことが増えた」と、八子は言う。

「人生のちょっとした楽しみができる。それは私だけじゃなくて、他の同人誌作家や参加者も同じだと思う。外国人もそんなに気負うことなく楽しめる。それが日本のコミケのよさじゃないかな。日中の懸け橋にはならなくても、読者に認めてもらえるし、楽しい体験ができる。それって素晴らしいことじゃないですか?」

買い物をする人、雰囲気を楽しむ人。コスプレイヤーと、それを撮る人。そして同人誌作家たち。日本人も中国人も関係ない。日本のコミケに来れば、きっと誰もがハッピーになれる。

※この記事は「私たちが日本の●●を好きな理由【中国人編】」特集掲載の記事「中国人もコミケが大好き!」の拡大版です。詳しくは本誌をご覧ください。

「私たちが日本の●●を好きな理由【中国人編】」より
「中国人」とひとくくりにする人たちへ──日本との縁を育んできた中国人たちの物語
日本一「日本」を伝える中国SNSの女神「林萍在日本」
「保育園」のない中国に、100%日本式の保育施設をつくった上海女性
横浜の和菓子店、上生菓子に一目ぼれした中国人店主の「おんがえし」

20200204issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年2月4日号(1月28日発売)は「私たちが日本の●●を好きな理由【中国人編】」特集。声優/和菓子職人/民宿女将/インフルエンサー/茶道家......。日本のカルチャーに惚れ込んだ中国人たちの知られざる物語から、日本と中国を見つめ直す。

20200211issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年2月11日号(2月4日発売)は「私たちが日本の●●を好きな理由【韓国人編】」特集。歌人・タレント/そば職人/DJ/デザイナー/鉄道マニア......。日本のカルチャーに惚れ込んだ韓国人たちの知られざる物語から、日本と韓国を見つめ直す。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中