最新記事

セクシュアリティ

歴史の中の多様な「性」(4)

2015年12月3日(木)15時42分
三橋順子(性社会・文化史研究者)※アステイオン83より転載

 そもそも、女性同士の性愛を示す概念、言葉がなかった。「互形」を用いた女性同士の擬似性交を「互先(たがいせん)」と言い、女性同士の性愛を示す「貝合せ」とか「合淫(ともぐい)」という言葉があった(白倉敬彦『江戸の春画─それはポルノだったのか─ 』洋泉社新書、二〇〇二年)。あるいは、「といちはいち(ト一ハ一?)」という語源不詳の言い方もあった。しかし、いずれも卑語、隠語の類であり、世間に広く通用した言葉ではなかった。

 女性同士の性愛が概念として存在しないのは、江戸時代の「色」の発信が常に男性(大人)主体とされていたことからわかるように、女性が性愛の発信主体となることが想定されていなかったからだ。

 日本で最初に女性同性愛が注目されたきっかけは、一九一〇年(明治四三)七月に新潟でおこった「令嬢風の二美人」の入水心中事件だった。この事件をきっかけに明治最末期になってようやく「女性間の顚倒性欲」が「発見」される(菅聡子「女性同士の絆─ 近代日本の女性同性愛─」『国文』一〇六号、二〇〇六年)。

 すでに述べたように明治時代以前の日本には「同性愛」という概念はなかった。西欧から同性愛概念が導入されたとき、男性同性愛は「男色」という類似の先行概念があったことで、「男性同性愛? ああ男色みたいなものだね」という感じで概念の読み替え・継承・受容が可能だった。なんとかうまく接ぎ木することできたのだ。

 しかし、女性同士の性愛は、類似の先行概念がなく、読み替えが成り立たず、大正~昭和初期にいきなり世の中に出てくることになる。接ぎ木しようにも台木がなかったのだ。

 このことが、日本近代における女性同性愛の受容に大きく影響したように思う。大衆は、よくわからないものには警戒的になる。女性同性愛が男性同性愛よりもさらに社会的に警戒されたのは、基本的には男尊女卑の社会構造が大きいが、このあたりにも理由があったのではないだろうか。

 いきなり話が現代に飛ぶ(元の論文にはその間のことも書いてある)。

 性別を移行する人の性別比、つまり、男から女になるMtF(Male to Female)と、女から男になるFtM(Femaleto Male)の比率は、世界標準的にはだいたい二対一くらいでMtFが多いとされている。ところが、日本の現状はまったく逆で、一対三‐四と推測され、世界で最も、そして格段にFtMの比率が高い国になっている。

 このことは、国際学会などでは「日本の特異現象」として注目されているが、日本ではなぜかマスメディアが報道せず(なにか都合の悪いことがあるのだろうか?)ほとんど知られていない。とても重要なことだと思うので、私も「いったいなぜだろう」と、いろいろ考えてみた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

東南アジアの洪水、死者241人に 救助・復旧活動急

ビジネス

独失業者数、11月は前月比1000人増 予想下回る

ビジネス

ユーロ圏の消費者インフレ期待、総じて安定 ECB調

ビジネス

アングル:日銀利上げ、織り込み進めば株価影響は限定
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 8
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中